第24章 ダンジョンにチェーン店進出3
蒸し器から細い湯気が上がり始めた。俺は厨房へ戻り、並べていた器の蓋を一つだけずらす。最初は強火で蒸気を回し、今は火を弱めてある。茶碗蒸しは急がせると、表面に穴が開く。
「茶碗蒸し、まだですか?」
カウンターの端に座った彩希が、蒸し器を見ていた。手入れした皮鎧の腰には短剣を下げている。久世の店へ行かずに入ってきた数少ない客だ。
「もう少しだ。見ても早くは蒸し上がらないぞ」
「見てないです。匂いを確認してるだけです」
目は蒸し器を見ている。
器を揺らすと、中心がわずかに動いた。火を止め、余熱で落ち着かせる。卵液は一度こしてあるから、匙を入れた時に引っかかるものがない。鶏肉、椎茸、銀杏を沈め、上には三つ葉だけを載せた。
蓋を開けて出すと、出汁と椎茸の香りが湯気に混じった。淡い黄色の表面は崩れず、三つ葉の緑が真ん中に残っている。
「熱いから気を付けろ」
彩希は匙を入れ、底からゆっくりすくった。柔らかい卵が揺れ、鶏肉の端がのぞく。一口食べると、頬を押さえて下を向いた。
「熱かったか?」
「美味しいです。熱いです。美味しいけど熱い」
向こうで眞子が喉を鳴らした。
「晃一さん。あたしも茶碗蒸し」
「私も!」
天音がすぐに手を上げる。
紬はもうカウンターへ座り、箸を取ろうとしていた。
彩希が二口目を食べたところで、背筋を伸ばした。
「あれ?」
匙を置き、空いた手を握っては開く。彩希は指先へ意識を向け、首を傾げた。
「魔力が、すごく合わせやすいです。さっきまで力を入れると散ってたのに」
今度は入口の方へ顔を向ける。
「向こうの店で、番号百七番を呼んでる」
「ここから聞こえるの?」
天音が扉のそばへ走り、外を確かめた。
「本当に百七番だ。私は全然聞こえなかったよ」
「集中力も上がってます。これ、聴覚と魔力制御も大幅に上がるバフ飯です」
彩希は、興奮した顔で立ち上がった。
「食ってる途中で立つな。こぼすぞ」
「はい」
腹が減っていたから、余計な力が抜けたんだろう。温かいものをゆっくり食えば、集中もしやすくなる。
「ほら。やっぱりこっちで食べるべきよ」
紬が勝ち誇った。
「おまえたちは、向こうを試してきたらどうだ」
四人が同時にこちらを見た。
「嫌よ」
「即答だな」
「私達はこれから探索なの。バフ飯を食べないで行く理由がないでしょう」
「開店したばかりで、安いのは今日だけかもしれないぞ」
天音が、言った。
「開店記念価格、三日間らしいよ」
「じゃあ三日あるじゃない」
「三日ともここへ来る気だろ」
「当然よ」
胸を張る話なのか、それは。
「食わずに悪く言うのも違うだろ。あのハムカツサンドは、ちゃんと出来てた。安い時くらい試してこい」
眞子が茶碗蒸しと通路を何度も見比べる。
「戻ってから、こっちも食っていいか?」
「二回も昼飯を食うな」
「今日は探索するから平気だぞ」
「そういう問題じゃない」
里沙が眞子の背中を押した。
「一度食べれば、久世さんの店がどういうものか分かります。晃一さんがここまで言うなら、今日は試してみましょう」
「里沙まで」
「紬。食べずに勝ったと言っても、仕方ないでしょう?」
紬は黙った。納得させる必要があるのかは分からないが、効いたらしい。
「一回だけよ」
「どちらが美味いかは自分で決めろ」
「晃一さんが行けって言ったから行くの。そうじゃなきゃ行かないわ」
四人は装備を持ったまま店を出た。紬は三歩進んでから振り返り、俺がまだ見ているのを確かめて、ようやく列へ向かった。
彩希が茶碗蒸しを食べ終えた。
「晃一さん。私、明日もこっちに来ます」
「好きな方で食えばいいよ」
「そう言われると、余計に来たくなるな」
ありがたい話だ。




