第23章 美人社長と厚切りハムカツサンド1
昼の混雑が一段落しても、今日は顔なじみがなかなか席を立たなかった。
紬、天音、里沙、眞子は奥のテーブルで食後のお茶を飲んでいる。
彩希はカウンターの端で財布の中を確かめてから追加の小鉢を頼み、雪乃は紺色の制服のまま遅い昼飯を食べていた。
作業服の山本さんは工具袋を椅子の脚へ寄せ、莉音は帽子を目深にかぶって紬たちから少し離れた席にいる。
いつも来る時間の違う連中が、珍しく同じ時間に揃っていた。俺が空いた皿を重ねていると、店の扉が開いた。
入ってきたのは、スーツ姿の女が二人だった。
先に立つ女は二十代半ばほどだった。
大きく張った胸、くびれた腰、丸く高い尻、すらりと伸びた脚。
肉付きのよさと締まるところの締まった線が、濃紺のスーツ越しにもはっきり分かる。
ジャケットは胸と腰へ吸い付くほど細く仕立てられ、膝丈のタイトスカートは歩くたびに尻と太腿の形を拾っていた。
内側の黒いブラウスは胸元が深く開き、豊かな谷間で細い金のネックレスが光っている。
顎の線で切り揃えた艶のある黒髪、切れ長の目、踵の高い靴。自分の肉体がどう見えるか、承知して選んだ服だろう。
俺と目が合うと、女は唇の端を持ち上げた。身体へ沿う服のせいで、息をするだけでも胸が大きく上下する。ほんの一瞬、そこへ目が止まった。
奥で、紬のカップがソーサーへ強く当たった。
見ると、紬が俺を睨んでいる。
「紬ちゃん、顔、顔」
天音が小声で言った。
後ろの女は二十代前半くらいだろう。
淡い灰色のジャケットに包まれた身体は、先頭の女とは対照的にすらりと細い。
首元まで整えた白いブラウスから、膝下へまっすぐ落ちるスカートまで、走ってきた直後でも端正な線を崩していなかった。
豊かな栗色の髪をうなじの下で一つに結び、縁の丸い眼鏡を掛けている。
胸元で跳ねる社員証を片手で押さえ、膨らんだ書類鞄を細い腕で抱えていた。
前髪は乱れ、頬も赤い。それでも背筋を伸ばそうとするあたり、先を歩く女へ追いつくのに苦労したらしい。
「神崎晃一さんですね」
「そうですが」
先頭の女はカウンターへ片手を添え、こちらへ身体を傾けた。近い。ジャケットに包まれた大きな胸と、開いたブラウスの谷間が目の前へ迫る。香水なのか、花に似た甘い匂いが揚げ物の残り香へ混じった。それから名刺を両手で差し出した。
受け取ろうとした手が一拍遅れた。久世は気づいたらしく、俺の指へ名刺の端を触れさせて笑う。
奥で紬が咳払いした。ずいぶん大きい。
「ただの名刺交換よ」
里沙がなだめると、紬は分かっていると言いたげに一度うなずいた。それでも久世から目を離さない。
「久世フードサービス代表取締役の久世玲奈です。本日は、私から神崎さんへ提案があって参りました」
よく通る声だった。
余裕のある響きには艶があり、自然と続きを聞かせる。
若い方も慌てて書類鞄を床へ置き、名刺入れを取り出した。
「社長秘書の水城真帆です。本日の資料と進行を担当いたします。よろしくお願いいたします」
一息で言い切った直後には、早くも久世に対して「今日は何を始める気ですか」と訴える感じが目へ出ていた。
「社長。予定より四十分早く着いた理由は、私からご説明した方がよろしいですか」
「必要?」
「必要です! 車を降りる三分前に『やっぱり今から行く』と言われた私の立場も考えてください」
久世は一度だけ水城を見て、俺へ向き直った。
「失礼しました。近くまで来たら、報告書より先に、この店を見たくなったの。ここの店長は、かっこいいって噂だしね」
俺をまっすぐ見たまま、久世は笑う。店を見に来たと言っているのに、聞き方によっては別の意味にも取れそうだった。
紬がカップを持ち上げた。もう中身はないはずだが、縁へ口を付けたまま久世を見ている。
カップを持つ手が、ぷるぷると震えている。
社長相手でも言うことは言うらしい。水城はそれでようやく黙った。美人なのだが、口を開けば日頃の苦労が垣間見える。
社長が自分で来たらしい。
「忙しいところを悪いわね。食事ではなく、この店の話をしに来ました」
「飯なら出せますが、店の話ですか」
「ええ。最近の神崎屋の営業状況は、知っているわ」
久世は入ってから店内を見回していない。席数も客の出入りも、来る前に頭へ入れてきたらしい。
「東京ダンジョン地下1階商業区で、これだけ継続して集客できている個人店は多くありません」
水城が鞄から資料を出そうとすると、久世は指一本で止めた。
水城は「あ」と小さく漏らし、出しかけた紙を音も立てずに戻す。
「結論から、ですね」
「ええ。面白そうだから私が直接来たの」
「面白そうという理由で、本日の予定を四十分も早めないでください!」
水城はすぐに声を抑えたが、不愉快そうだ。この社長に振り回されるのは今日が初めてではないだろう。
「先に結論を。この店を当社ブランドのフランチャイズ店舗へ転換していただきたいの」
認めているのは、俺の料理ではなく立地のようだ。
場所がいいから繁盛していると思っているのだろう。
奥のテーブルから、カップを置く小さな音がした。
久世は構わず続ける。
「内装、仕入れ、商品、広告、人員は当社で用意します。あなたには店長として残ってもらう。今より休めるし、儲かりますよ」
「やりませんよ」
水城が資料を持ったまま止まった。久世は驚くどころか、余裕たっぷりに微笑んだ。
「条件を見ても?」
「店を閉める話なら、同じです。神崎屋をやめる気はありません」
「いいわね。そういう即答、嫌いじゃないわ」
久世は楽しそうに笑い、返事も待たずカウンター席を引いた。
タイトスカートに包まれた尻をゆっくり椅子へ下ろし、身体をこちらへ向けて長い脚を組む。
裾が太腿の半ばまで滑り上がり、薄い黒のストッキング越しに肌の色が透けた。
久世は直そうともせず、爪先を俺の立つ方へ向ける。
タイトスカートの裾が上がり、黒いストッキングに包まれた太腿が大きく覗いた。つられて目をやると、紬がまたカップを乱暴に置いた。
「晃一さん」
「何だ?」
「別に」
紬の顔は、別にと言う感じではない。眉間に皺が寄っている。
「紬、これ食うか?」
眞子が自分の小鉢を差し出した。紬は無言で押し返す。
「今は食べ物で機嫌なおる話じゃないですよ」
彩希が困ったように言った。二人に見られ、紬はますます唇を尖らせた。




