表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
51/67

第21章 天丼とミラーウルフ2

 五人が戻ってきたのは、閉店間際だった。


 揃って店へ入ってきた顔に怪我はない。ただし、紬の白い鎧の靴底には細かなガラスの粉がつき、天音は撮影用カメラを抱えたまま笑いをこらえている。


「何があった?」

「晃一さんは、先にこれを見て」


 天音がカウンターへカメラを置き、撮ってきた映像を再生した。紬は止めようと手を伸ばしたが、一歩遅い。


「あまね、そこは飛ばしなさい!」

「最初から見ないと靴の粉の理由が分からないもん」

「もう答えを言ってるじゃない!」


 画面には鏡の回廊が映っていた。左右の壁へ大きな鏡が並び、五人の姿をいくつも増やしている。天井の明かりまで奥へ奥へと続いて見えるせいで、どこまでが通路なのか、画面越しではさっぱり分からない。


「私が十人いる!」


 天音の声と一緒に、カメラが鏡を横切った。


「一人でも騒がしいのに」

「紬ちゃんだって十人いるよ」

「晃一さん、選び放題ね」

「一人で間に合ってると思うよ」


 同感だ。


 鏡の中では、白い鎧の紬が先頭を歩き、その後ろをカメラを構えた天音が進んでいる。里沙は杖を持って周囲を見回し、眞子は大剣へ手をかけていた。彩希は列の後ろで足元を確かめている。


「珍しいもの、どこかな。右の私、何か知らない?」


 天音が鏡の自分へ話しかける。


「あまね、遊んでないで前を見て」

「カメラは前を見てるよ」

「あまねが見なさい」


 紬が振り返った、そのときだった。


 正面の大鏡、その奥の暗がりから、全身鏡の(ミラーウルフ)が飛び出した。


 いや、飛び出したように見えた。


 鏡に映ったミラーウルフが牙をむき、まっすぐ紬へ跳びかかる。紬が長剣を抜いて正面へ構えた瞬間、画面の右端で影が動いた。


「天音、横!」


 里沙の声が響く。

 実体はそっちにいた。正面の像へ目を向けさせておいて、横から撮影中の天音を狙ったらしい。

 天音がカメラごと振り向く。画面いっぱいに牙が迫った。


「うわっ、近い近い近い!」


 紬が床を蹴った。

 白い鎧が横切った、と思った次には、天音も狼も画面の外へ消えている。

 金属がぶつかる重い音がした。


「紬ちゃん、行きすぎ!」


 揺れる映像の端に、紬の姿が映った。天音へ届くはずだった紬は、その横を勢いよく通り過ぎ、通路脇の大鏡へ両足から着地している。


「こんなに跳べるなんて、いつもと違いすぎ!」


 鏡がびりびりと震え、紬の靴底から細いひびが走る。それでも紬は止まらない。大鏡を壁のように蹴り、もう一度跳んだ。


 今度は天音の腰を片腕で抱え、そのまま狼の牙の前からさらっていく。


「カメラ!」

「持ってる!」


 天音の返事どおり、映像は激しく回りながらも途切れなかった。床、天井、鏡、紬の白い肩が順番もなく映り、最後に二人が通路の反対側へ着地する。


「あまね、怪我は?」

「ない! 紬ちゃん、速すぎて目がまわってる」

「喋れるなら平気ね」


 紬が天音を立たせ、狼へ長剣を向けた。


「彩希さん、こちらへ」


 里沙が杖を横へ伸ばす。彩希はすぐ里沙の後ろへ下がり、短剣を抜いて構えた。


「はい。後ろは任せてください」


 眞子は二人の前へ出ると、背の大剣を抜いた。


「面倒な狼だな。どれを斬ればいい?」

「少し待ってくださいませ」


 左右の鏡に、同じ狼がいる。

 実体が身を低くした。鏡の像も同時に伏せる。次の瞬間、二頭が左右へ跳び、交差した。

 どちらが鏡の中で、どちらが通路にいるのか。俺の目では入れ替わったことしか分からない。


「右? 左?」


 天音がカメラを振る。


「口に出すな。余計に分からなくなる!」


 紬の声に、映像がぴたりと止まった。


 さっき紬が着地した大鏡には、二つの靴跡が白く残っていた。狼がどれほど素早く入れ替わっても、あの跡だけは鏡の同じ場所から動かない。


「眞子、右ですわ」


 里沙が杖先を上げた。


「靴跡を隠している方が実体です!」


「分かった!」


 眞子の銀の鎧が低く沈む。床を蹴る音と同時に、大剣が下から斜めへ走った。

 重い刃が、右側のミラーウルフの肩を捉える。


「当たりだぞ!」


 狼の体勢が崩れた。鏡の中の像が遅れて揺らぐ。


「紬ちゃん!」


 天音が叫ぶより早く、紬が前へ出ていた。

 長剣が一閃する。


 ミラーウルフは後ろへ吹き飛び、紬の靴跡が残った大鏡へ激突した。細かったひびが一気に広がり、鏡が大きな音を立てて割れる。


 天音のカメラが、崩れた鏡の向こうへ向いた。

 そこには壁ではなく、人が一人通れるほどの細い道が続いていた。


「道だ!」


 眞子が大剣を担ぎ直す。


「鏡の裏に隠れていたんですね」


 彩希が里沙の後ろから顔を出した。


「お宝がありそう!」


 天音が一歩出る。紬はその襟元をつかんで止めた。


「待ちなさい。今度は勝手に入らない」

「ちょっと見るだけ」

「その『ちょっと』で狼に噛まれかけたのは誰?」

「撮影熱心な私です」

「反省しなさい!」


 道の入口で言い合う二人の横で、里沙が鏡に残った靴跡を眺めている。眞子は大剣を下ろし、彩希は後ろを警戒したままだ。


 そこで映像が止まった。


「この先へは入ったのか?」

「入ってないわ。入口だけ確かめて戻ってきたの。また次に探索する」


 紬が答え、靴底についたガラスの粉を俺へ見せる。

 慎重な紬らしい。


 鏡にぶつかるなとは言った。

 まさか両足で蹴って、最後には割るとは思わなかったけどな。

 無事で済んだのだから、恥ずかしがることではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ