表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
50/67

第21章 天丼とミラーウルフ1

 翌日。昼どきを少し過ぎて、五人が揃って神崎屋へ入ってきた。


 紬は白い鎧に長剣、天音は皮鎧に撮影用のカメラ、里沙は青い服に赤い宝珠の杖。眞子は銀の鎧の背に大剣を負い、彩希も手入れした皮鎧の腰に短剣を差している。


 飯を食いに来た格好というより、飯を食ったら即出発という格好だな。


「晃一さん、天丼を五つお願い」

「五つとも大盛り!」


 紬の注文へ、眞子が勝手に付け足した。


「私は普通でお願いします」

「わ、私も普通で」


 里沙と彩希がすぐに訂正する。


 眞子は腕を組み、深くうなずいた。


「あたしのは大盛りだぞ」

「そこは聞かなくても分かる」

「晃一さん、あたしの扱いが雑じゃないか?」


 付き合いが長くなると、分かることも増えるんだよ。

 俺は注文の数だけ丼を並べ、鍋に油を張った。


 今日の天種は海老と茄子、かぼちゃ、それにししとうだ。冷やしておいた衣をさっくり合わせる。混ぜすぎると粘りが出て重くなるから、粉が少し残るくらいで止めておく。


「晃一さん、その海老、大きくない?」


 カウンター越しに、天音の顔が伸びてきた。さらに前にカメラを出してくる。


「油の前に顔を出すな。危ないぞ」

「顔じゃなくてカメラだよ」

「どっちも引っ込めろ」


 天音が笑いながら身を引く。その横から、今度は眞子が覗き込んだ。


「海老は何本ある?」

「数えるな、眞子」

「大事なことだぞ」


 いつも量を気にしてるな、お前は。


 先に野菜を揚げる。薄く衣をまとった茄子を油へ入れると、細かな泡がぱっと広がった。かぼちゃは火が通るまで少し長め。ししとうは破裂しないよう切れ目を入れて、さっと色よく揚げる。


 最後は海老だ。尾を持って衣へくぐらせ、鍋へ滑らせる。じゅわっと広がった音が、火の通りに合わせて小さくなっていく。


「音が変わりました」


 彩希が鍋を見つめたまま言った。


「水分が抜けてくるとな。海老は揚げすぎると固くなるから、音を聞いて引き上げるタイミングを見るんだ」

「晃一さん、料理人っぽい」

「料理人なんだよ、俺は」


 天音は何を確認したかったんだ。


 揚がった海老は、衣の角がぴんと立っている。油を切る網の上で、ぱちぱちと小さな音を残した。


 丼の飯へ、甘辛いたれを細く回しかける。そこへ野菜と海老を盛り、天ぷらにも別にたれを落とした。飯だけ濃くても具だけ濃くても、食っている途中で喧嘩になる。両方へ分ければ、衣の軽さを残しながら最後の一口まで味がつながる。


「はい、熱いうちにな」


 五つの丼をカウンターへ並べた。


 飴色のたれが衣の先で光り、湯気に海老の香りと油の香ばしさが混じる。かぼちゃの橙、茄子の紫、ししとうの緑も、茶色一色になりがちな丼を賑やかにしていた。


「これは勝った!」


 天音が両手を上げる。


「何に?」

「今日幸せかどうかの勝負に!」


 それはよかった。


「いただきます」


 紬の声に四人が続き、箸が一斉に伸びた。

 最初に海老へ行ったのは眞子だった。さくり、と小気味いい音を立てて半分かじり、すぐに飯をかき込む。


「うまっ。衣は軽いのに、たれが、しっかりいる!」

「たれが、いる?」


 里沙が首をかしげる。


「いるものはいる!」

「眞子の説明で分かろうとした私がいけませんでしたわ」

「ひどくないか?」


 そう言いつつ、里沙も茄子を一口かじった。衣が砕け、熱い湯気がのぼる。里沙は口元へ手を添えたまま、目を丸くした。


「中がとろりとして……たれを吸った衣と、茄子の甘みがよく合います」

「りさ、今だけ撮影担当、代わって」


 カメラを置いた天音が頼む。


「お断りします」

「即答!」


 彩希はかぼちゃを割り、立った湯気へ一度息を吹きかけた。慎重に口へ運んだはずが、次の瞬間には耳まで赤くなっている。


「あ、熱いです。でも甘い。外はさくさくなのに、中はほくほくで……あの、これ、箸が止まりません」

「止めなくていいぞ。飯は逃げないから、慌てず食え」

「はい」


 返事だけは素直だが、箸の速度は落ちなかった。

 紬は海老を一口食べてから、丼を抱えるように持った。たれの染みた飯を口へ入れ、頬をゆるめる。


「海老がぷりぷり。衣もべたっとしてないし、これなら何本でも食べられそう」

「紬ちゃん、今、何本でもって言った?」


 天音の箸が止まった。


「言ったけど」

「じゃあ最後の一本、私にくれる?」

「どうしてそうなるのよ」

「何本でもいいんでしょ」

「多い方にだろ」


 眞子の指摘に俺も同意する。

 五人の丼から天ぷらが次々に消え、やがて紬の丼には海老が一本だけ残った。

 天音の視線も、さっきからそこへ残っている。


「食べにくいんだけど」

「見てるだけだよ」

「海老だけを?」

「紬ちゃん込みで」

「余計に食べにくいわよ!」


 紬はしばらく海老と天音を見比べていたが、最後には箸で海老をつまみ、天音の丼へ置いた。


「ほら。あげる」

「えっ、いいの?」

「欲しそうな顔が、うっとおしいのよ」

「言ってみるもんだね。いただきます!」


 天音は満面の笑みで海老を持ち上げた。紬が名残惜しそうに目で追ったのを、俺は見なかったことにしておく。


 天音は海老を一口で丸ごと頬張った。さくっと衣が鳴り、すぐに頬がふくらむ。


「んー! ぷりっぷり! 紬ちゃんの海老は特においしい!」

「同じ鍋で揚げた同じ海老だ」

「友情の味が追加されてるの!」

「私の後悔の味よ!」


 紬は丼に落ちた衣を飯ごとかき込んだ。


 食べ終えた五人が立つと、椅子の音がほとんど同時に鳴った。


「おお、体が軽い!」


 眞子が大剣の柄へ手をかける。いつもより動きが鋭いのか、腕が一瞬分身したように見えた。


「跳躍力と瞬発力、それに攻撃力まで大幅に上がっている気がしますわ」


 里沙が指を開閉しながら言う。


「今日のバフ飯もすごいね。足が勝手に跳びたがってる!」


 天音が椅子の横で膝を曲げた。


「探索中に、跳ぶ場面もありますからね」


 彩希が靴の具合を確かめるように足首を曲げた。


「店の中で跳ぶなよ」


 俺が先に言うと、紬は上げかけた踵をすっと床へ戻した。


「分かってるわよ」

「紬ちゃん、今やろうとしたよね?」

「してない」

「あたしには見えたぞ」

「してない!」


 否定の勢いだけで風が起きそうだ。


 五人は、装備を確かめて店を出た。天音は戸口で撮影用カメラを掲げる。


「しっかり撮ってくるね。お宝はハートフルレイズが見つけるから!」

「今回は、私も一緒ですよ」


 彩希が困ったように言う。


「そうだった。五人の中で最初に見つけるのは私だから!」

「結局、自分じゃない」


 紬が天音の背を押した。


「気をつけて行ってこい。鏡にぶつかるなよ」

「子供じゃないんだから、ぶつからないわよ」


 紬はそう言って出ていった。

 こういう言葉は、言った直後ほど危ない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ