第21章 天丼とミラーウルフ1
翌日。昼どきを少し過ぎて、五人が揃って神崎屋へ入ってきた。
紬は白い鎧に長剣、天音は皮鎧に撮影用のカメラ、里沙は青い服に赤い宝珠の杖。眞子は銀の鎧の背に大剣を負い、彩希も手入れした皮鎧の腰に短剣を差している。
飯を食いに来た格好というより、飯を食ったら即出発という格好だな。
「晃一さん、天丼を五つお願い」
「五つとも大盛り!」
紬の注文へ、眞子が勝手に付け足した。
「私は普通でお願いします」
「わ、私も普通で」
里沙と彩希がすぐに訂正する。
眞子は腕を組み、深くうなずいた。
「あたしのは大盛りだぞ」
「そこは聞かなくても分かる」
「晃一さん、あたしの扱いが雑じゃないか?」
付き合いが長くなると、分かることも増えるんだよ。
俺は注文の数だけ丼を並べ、鍋に油を張った。
今日の天種は海老と茄子、かぼちゃ、それにししとうだ。冷やしておいた衣をさっくり合わせる。混ぜすぎると粘りが出て重くなるから、粉が少し残るくらいで止めておく。
「晃一さん、その海老、大きくない?」
カウンター越しに、天音の顔が伸びてきた。さらに前にカメラを出してくる。
「油の前に顔を出すな。危ないぞ」
「顔じゃなくてカメラだよ」
「どっちも引っ込めろ」
天音が笑いながら身を引く。その横から、今度は眞子が覗き込んだ。
「海老は何本ある?」
「数えるな、眞子」
「大事なことだぞ」
いつも量を気にしてるな、お前は。
先に野菜を揚げる。薄く衣をまとった茄子を油へ入れると、細かな泡がぱっと広がった。かぼちゃは火が通るまで少し長め。ししとうは破裂しないよう切れ目を入れて、さっと色よく揚げる。
最後は海老だ。尾を持って衣へくぐらせ、鍋へ滑らせる。じゅわっと広がった音が、火の通りに合わせて小さくなっていく。
「音が変わりました」
彩希が鍋を見つめたまま言った。
「水分が抜けてくるとな。海老は揚げすぎると固くなるから、音を聞いて引き上げるタイミングを見るんだ」
「晃一さん、料理人っぽい」
「料理人なんだよ、俺は」
天音は何を確認したかったんだ。
揚がった海老は、衣の角がぴんと立っている。油を切る網の上で、ぱちぱちと小さな音を残した。
丼の飯へ、甘辛いたれを細く回しかける。そこへ野菜と海老を盛り、天ぷらにも別にたれを落とした。飯だけ濃くても具だけ濃くても、食っている途中で喧嘩になる。両方へ分ければ、衣の軽さを残しながら最後の一口まで味がつながる。
「はい、熱いうちにな」
五つの丼をカウンターへ並べた。
飴色のたれが衣の先で光り、湯気に海老の香りと油の香ばしさが混じる。かぼちゃの橙、茄子の紫、ししとうの緑も、茶色一色になりがちな丼を賑やかにしていた。
「これは勝った!」
天音が両手を上げる。
「何に?」
「今日幸せかどうかの勝負に!」
それはよかった。
「いただきます」
紬の声に四人が続き、箸が一斉に伸びた。
最初に海老へ行ったのは眞子だった。さくり、と小気味いい音を立てて半分かじり、すぐに飯をかき込む。
「うまっ。衣は軽いのに、たれが、しっかりいる!」
「たれが、いる?」
里沙が首をかしげる。
「いるものはいる!」
「眞子の説明で分かろうとした私がいけませんでしたわ」
「ひどくないか?」
そう言いつつ、里沙も茄子を一口かじった。衣が砕け、熱い湯気がのぼる。里沙は口元へ手を添えたまま、目を丸くした。
「中がとろりとして……たれを吸った衣と、茄子の甘みがよく合います」
「りさ、今だけ撮影担当、代わって」
カメラを置いた天音が頼む。
「お断りします」
「即答!」
彩希はかぼちゃを割り、立った湯気へ一度息を吹きかけた。慎重に口へ運んだはずが、次の瞬間には耳まで赤くなっている。
「あ、熱いです。でも甘い。外はさくさくなのに、中はほくほくで……あの、これ、箸が止まりません」
「止めなくていいぞ。飯は逃げないから、慌てず食え」
「はい」
返事だけは素直だが、箸の速度は落ちなかった。
紬は海老を一口食べてから、丼を抱えるように持った。たれの染みた飯を口へ入れ、頬をゆるめる。
「海老がぷりぷり。衣もべたっとしてないし、これなら何本でも食べられそう」
「紬ちゃん、今、何本でもって言った?」
天音の箸が止まった。
「言ったけど」
「じゃあ最後の一本、私にくれる?」
「どうしてそうなるのよ」
「何本でもいいんでしょ」
「多い方にだろ」
眞子の指摘に俺も同意する。
五人の丼から天ぷらが次々に消え、やがて紬の丼には海老が一本だけ残った。
天音の視線も、さっきからそこへ残っている。
「食べにくいんだけど」
「見てるだけだよ」
「海老だけを?」
「紬ちゃん込みで」
「余計に食べにくいわよ!」
紬はしばらく海老と天音を見比べていたが、最後には箸で海老をつまみ、天音の丼へ置いた。
「ほら。あげる」
「えっ、いいの?」
「欲しそうな顔が、うっとおしいのよ」
「言ってみるもんだね。いただきます!」
天音は満面の笑みで海老を持ち上げた。紬が名残惜しそうに目で追ったのを、俺は見なかったことにしておく。
天音は海老を一口で丸ごと頬張った。さくっと衣が鳴り、すぐに頬がふくらむ。
「んー! ぷりっぷり! 紬ちゃんの海老は特においしい!」
「同じ鍋で揚げた同じ海老だ」
「友情の味が追加されてるの!」
「私の後悔の味よ!」
紬は丼に落ちた衣を飯ごとかき込んだ。
食べ終えた五人が立つと、椅子の音がほとんど同時に鳴った。
「おお、体が軽い!」
眞子が大剣の柄へ手をかける。いつもより動きが鋭いのか、腕が一瞬分身したように見えた。
「跳躍力と瞬発力、それに攻撃力まで大幅に上がっている気がしますわ」
里沙が指を開閉しながら言う。
「今日のバフ飯もすごいね。足が勝手に跳びたがってる!」
天音が椅子の横で膝を曲げた。
「探索中に、跳ぶ場面もありますからね」
彩希が靴の具合を確かめるように足首を曲げた。
「店の中で跳ぶなよ」
俺が先に言うと、紬は上げかけた踵をすっと床へ戻した。
「分かってるわよ」
「紬ちゃん、今やろうとしたよね?」
「してない」
「あたしには見えたぞ」
「してない!」
否定の勢いだけで風が起きそうだ。
五人は、装備を確かめて店を出た。天音は戸口で撮影用カメラを掲げる。
「しっかり撮ってくるね。お宝はハートフルレイズが見つけるから!」
「今回は、私も一緒ですよ」
彩希が困ったように言う。
「そうだった。五人の中で最初に見つけるのは私だから!」
「結局、自分じゃない」
紬が天音の背を押した。
「気をつけて行ってこい。鏡にぶつかるなよ」
「子供じゃないんだから、ぶつからないわよ」
紬はそう言って出ていった。
こういう言葉は、言った直後ほど危ない。




