第19章 迷わないためのカレーうどん1
朝の客へ焼き魚定食を出したところで、扉が開いた。
先頭は白い金属鎧の紬。その後ろから、青い魔法使い服の里沙、金属鎧を着た眞子、皮鎧の天音が入ってくる。
長剣、赤い宝珠の杖、大剣、カメラ。これから探索へ行く格好だ。眞子だけは、背中の大剣より先に厨房の鍋を気にしていた。
「晃一さん、カレーうどんを四つお願い」
紬がカウンターの椅子を引く。残りの三人も並んで腰を下ろした。
「全員同じでいいのか?」
「ええ。今日は迷いやすいところへ行くから、先にしっかり食べておきたいの」
「何を探すんだ?」
俺が聞くと、天音が抱えていたカメラを持ち上げた。
「虹茸だよ。傘が虹色に光るんだって。見つけたら、絶対いい絵になるでしょ?」
「虹茸は美味いのか?」
眞子の質問に、紬がすぐ振り向いた。
「採りに行くのよ。食べに行くんじゃないわ」
「でも、茸なんだろ?焼けばいける」
「正体の分からないものを食べようとするな」
俺が言っても、眞子は食べる気のようだ。
「毒がないと分かってからならいいだろ?」
「見つける前から食べ方を考えないでください」
里沙にも止められた。まだ見つかってもいない茸が、三人がかりで眞子の口から守られている。
「ねえ、最初に見つけた人が勝ちにしようよ」
天音がカメラをカウンターへ置き、四人の顔を順番に見た。
「勝った人には、負けた三人から神崎屋のプリンを一個ずつ」
「うちのプリンを勝手に賞品にするな」
「ちゃんと買うよ。晃一さんは三個売れて、勝った人は三個食べられる。みんな得するでしょ?」
まあ、売り物だから俺に損はないが。
「私は参加します」
里沙が黒縁眼鏡を押し上げる。返事が早い。甘いものが絡むと、この子は普段より迷いがなくなる。
「紬さんは?」
「やるわ。私が先に見つければいいだけでしょう」
「あたしもやる。虹茸もプリンも、あたしがもらう」
眞子が胸を張ると、天音が横から顔をのぞき込んだ。
「まこちゃん。虹茸は食べ物じゃないからね」
「まだ食べられないとは決まってない」
まだ、らしい。
俺は鍋へ和風のうどん出汁を鍋に注ぎ、火にかけた。温まるにつれ、鰹の香りが白い湯気に乗って厨房へ広がる。
「もう美味そうだな」
「眞子、まだ出汁だけだぞ」
「出汁が美味ければ、半分は勝ったようなもんだろ?」
料理の話で眞子から正論が出ると、少しだけ調子が狂う。
薄切りの玉ねぎを入れ、透き通るまで煮る。豚肉は重ならないよう一枚ずつほぐした。赤いところが消えると、脂が出汁へ細く浮かぶ。玉ねぎの甘い匂いも強くなってきた。
灰汁をすくい、カレー粉を振り入れる。
「わあ、一気にカレーの匂い!」
天音がカメラを構えた。黄色い粉が出汁へ広がり、玉じゃくしを動かすたびに茶色へ変わっていく。鍋から上がる湯気まで画面に入るよう、カメラを少し高くした。
「湯気まで、きれいに映ってる」
天音は鍋を画面の真ん中へ収め、満足そうにうなずいた。横では、紬がカメラより熱心に鍋を見ている。
「普通のカレーを、うどんにかけるんじゃないんですね」
里沙が鍋の中をのぞく。
「今日は出汁の風味を残したいから、ルウは使わない。カレー粉を溶いて、最後に水溶き片栗粉でとろみを付ける」
「先にとろみを付けないんですか?」
「うどんを丼へ入れてからだ。とろみを付けたあとは煮詰まりやすいからな」
カレー粉の固まりが残らないよう、玉じゃくしで鍋底から混ぜる。出汁は濃い茶色へ変わった。湯気を吸い込むと、最初にカレー、そのあとから鰹の香りが来る。
別鍋の湯でうどんを温め、しっかり湯を切って四つの丼へ移した。
カレー出汁へ水溶き片栗粉を細く流す。鍋底をこするように混ぜていると、さらりとしていた汁に艶が出た。玉じゃくしですくえば、途切れず太く落ちる。これなら麺へ絡む。
「眞子。鍋を見ても肉は増えないぞ」
「まだ何も言ってないだろ」
「顔に書いてある」
青ねぎを散らし、四人の前へ丼を置いた。黄色がかった汁の上に、豚肉と玉ねぎが重なっている。
「はい、お待ち。熱いから、いきなり勢いよくすするなよ」
「分かってる」
眞子の返事が一番早い。
「特に眞子へ言ったんだ」
「だから、分かってるって」
二回答えたからといって、信用が二倍になるわけではない。
天音は麺を二本だけ持ち上げ、丼の上で何度も息を吹きかけた。汁が垂れなくなったところで、ようやく口へ運ぶ。
「んんっ。最初はカレーなのに、飲み込むと出汁の味が残る。これなら朝からでも食べられる」
その横で、眞子は麺をひと束まとめて持ち上げた。
「眞子。熱いから、まず少しにしろ」
「これくらい平気だって」
勢いよくすすった眞子の動きが、途中で止まった。口は閉じたまま、手だけが水の入ったコップを探している。
「やっぱり熱いんじゃないですか?」
里沙がコップを眞子の手元へ寄せた。眞子は水を一口飲み、何事もなかったようにもう一度箸を持つ。
「熱いけど、うまい。とろみがあるから、汁が麺から逃げないな。豚肉も柔らかい」
「次は、ちゃんと冷まして食えよ」
「今度はそうする」
眞子は麺を少しだけ持ち上げ、何度も息を吹きかけた。最初からそうすればいい。
紬は玉ねぎと麺を一緒につまみ、汁をよく絡めて食べている。二口続けたあと、俺と目が合った。
「美味しい。玉ねぎが甘くて、辛さもきつくないわ」
「朝なら、そのくらいが食いやすいだろ」
紬は自分の丼と俺を交互に見た。
「晃一さんも食べる?」
「味見なら、もうしたぞ」
「そうじゃなくて、私のを分けてあげようと思ったの」
「その箸でか?」
紬の箸が止まった。頬が赤くなり、つまんでいた麺をまとめて口へ入れる。ごまかすには量が多かったらしく、すぐに何度も息を吹きかけた。
「だから、慌てて食うなって」
「晃一さんのせいよ」
俺はカレーうどんを出しただけだ。
里沙は豚肉を食べ、次に玉ねぎと麺を一緒に口へ運んだ。
「出汁が利いているから、カレーのあとにも味が残りますね。玉ねぎも、ちゃんと形があります」
「煮すぎると甘さは出ても、玉ねぎを食べた感じがなくなるからな」
そこへ、眞子が箸を止めて俺を見た。
「晃一さん、肉のおかわりは?」
「先に丼の中を探せ。まだ沈んでるぞ」
眞子が箸で麺を分けると、底から豚肉が一枚出てきた。
「あった」
「宝探しはもう始まっていたんですね」
里沙が笑う。眞子は聞こえなかったふりをして、見つけた豚肉を口へ入れた。
四人の箸は、そこからほとんど止まらなかった。
最初は慎重に二本ずつ食べていた天音も、二口目からは箸が速くなった。眞子も、麺と豚肉を交互に口へ運んでいる。
先に汁まで飲み切った天音が、空の丼を置く。
「ねえ、頭がいつもより冴えてる。店に入ってからどっちへ曲がったか、全部思い出せるよ」
「いや、店の中でどうしたかくらい覚えてられるだろ」
里沙も箸を置き、入口の扉へ顔を向けた。
「私もです。ここまで歩いてきた向きが、頭の中でつながっています」
「歩いている方を向いてるだろ普通」
紬は自分の腕を軽く叩いた。
「私は、嫌なものを吸い込んでも平気そう。いつもより体が強くなった感じがするわ」
「方向感覚と集中力、それに状態異常耐性かな。今日もすごいバフ飯だね」
天音が、嬉しそうに言った。
「香りが強かったか?腹いっぱい食って、頭が働くようになったんだろ」
「それだけで、曲がった方向を全部思い出せる?」
「いや、道が分かってるなら、それくらい思い出せるだろ」
「また自分の料理だけ普通にしようとしてる」
普通の定食屋が作ったカレーうどんだ。それ以上を俺に聞かれても、出汁の取り方くらいしか答えられない。
「あたしも、今日は絶対に迷わない」
眞子が胸を張る。言い切る顔だけは頼もしい。
「その自信で、一人だけ先に走らないでよ」
天音がカメラを抱え直す。
「走らないって」
「虹色の茸を見ても?」
「本物かどうか見てから走る」
紬がため息をついた。天音は、走らないとは最後まで言わなかった。
四人は装備を確かめ、席を立つ。天音はカメラを抱え、眞子は背中の大剣を揺すって位置を直した。
「次は虹茸ね。プリン三個、いただきよ!」
天音は笑いながら、三人と一緒に店を出ていった。




