第16章 雨の日のポトフ2
神崎屋を出た四人は、そのまま寒冷エリアへ向かう。
寒冷エリアは、岩でできた通路が奥まで続いている。壁を伝う水は白く凍り、足元にも薄い氷が張っていた。
眞子が大剣を背負って先頭を歩く。その後ろに紬と里沙が続き、天音は最後尾でカメラを構えている。
天音がカメラを起動し、三人の背中を画面に収める。
「天音も足元を見てください。カメラばかり見ていると転びますよ」
「大丈夫。こういう道にも慣れてるから」
そう答えた直後、天音の靴が滑った。すぐ前を歩いていた里沙が振り返って腕をつかみ、転ぶ前に支える。
「今のは氷が悪い」
「はいはい。前を見て歩きましょうね」
道の両脇には、白い茸がまとまって生えている。大きなものは人の膝まで届き、傘の下から冷たい霧を吐いていた。霧の溜まったところでは、岩の上に新しい氷ができている。
「今日は、いつもより寒いですね」
紬が手を開いたり閉じたりしてから、剣を抜いた。軽く振ると、刃が鋭い音を立てる。
「でも、剣は振れます」
「あたしも平気だぞ。腹もいっぱいだしな」
「眞子ちゃんの場合、そっちの効果が一番大きそう」
天音が笑った時、眞子が立ち止まる。
「何か来る」
通路の奥から、爪が氷を引っかく音が聞こえた。
里沙が杖を構え、紬が眞子の横へ出る。天音もすぐに口を閉じ、壁際へ寄った。カメラは下ろさない。
白い霧の向こうに、青白い影が現れた。氷牙狼だ。大きな体を低く伏せ、口の端から冷気を漏らしている。
氷牙狼が吠え、四人へ向かって走り出した。後ろ脚が道端の茸を踏み潰す。裂けた傘から白い霧が噴き出し、通路を覆った。
「見えない!」
天音が声を上げる。
次の瞬間、霧の中から氷牙狼が飛び出した。
眞子は大剣を抜き、刃を斜めに構えて氷牙狼の進路を塞ぐ。勢いに押され、眞子の靴が氷の上を滑った。それでも片足を引き、倒れずに踏みとどまる。
「重いな、こいつ!」
氷牙狼が開いた口から眞子の腕へ冷気を吐いた。刃から柄へ霜が広がり、籠手まで白くなる。
「眞子!」
「大丈夫。まだ握れる!」
眞子は大剣を押し返し、氷牙狼との間を空けた。
「里沙、霧をお願い!」
「任せてください」
里沙が杖を振る。通路を風が吹き抜け、白い霧を壁際へ追いやった。氷牙狼の姿が見える。
天音は壁際を移動し、三人全員が画面に入る位置まで下がる。
氷牙狼が向きを変え、もう一度眞子へ突っ込む。
眞子は正面から受けなかった。ぶつかる直前に半歩横へずれ、大剣を横薙ぎに振る。刃が氷牙狼の胸元を裂き、狼は岩壁へ弾き飛ばされた。
氷牙狼は、体勢を崩した。
「まだだ!」
眞子が踏み込み、大剣を振り下ろす。刃が胴へ食い込み、氷牙狼の頭が下がった。後頭部が紬の前にさらされる。
「リーダー!」
紬はすでに走り出していた。眞子の横を抜け、さらされた後頭部へ剣を振り下ろす。
氷牙狼が床へ倒れた。二度ほど脚を動かしたあと、口元から漏れていた冷気が止まる。
「終わりました」
紬が剣を構えたまま、氷牙狼の様子を見る。里沙も杖を下ろさず、周囲へ目を配る。
安全を確かめてから、天音がカメラを下ろした。
「撮れた。眞子ちゃんが突進を食い止めて、紬さんが倒すところまで、ばっちり」
「私の風魔法は?」
「もちろん入ってるよ。霧が晴れて氷牙狼が見えたところ、格好よかった」
眞子が大剣にこびりついた霜を落とし、籠手の中で指を動かす。
「大剣も籠手も霜だらけになったのに、指先は平気だぞ」
紬もうなずく。
「やっぱり、ポトフの効果ですね」
「晃一さん、今度こそ認めるかな」
「認めてもらいます」
紬がきっぱりと言うと、天音が笑う。
「氷牙狼を倒すより難しそうだけどね」
天音はカメラを鞄へしまい、代わりにスマホを取り出した。氷牙狼を倒したことと現在地をギルドへ送る。
四人は装備を整え、来た道を引き返す。
四人が寒冷エリアへ出てから、しばらくして店の扉が開いた。紬たちが姿をあらわす。
「ただいま戻りました」
「おかえり。怪我はないか?」
「全員、無事です」
紬はカウンターへ寄り、眞子が冷気を受けても腕を止めなかったこと、四人とも帰り道で疲れを感じなかったことを話した。
「やっぱり、あのポトフはバフ飯です」
「温かいものを食ってから行ったんだ。体が温まって、動きやすかっただけだろ」
「氷牙狼の冷気を受けても、ですか?」
「魔物のことは俺に聞くな。飯のことなら答えられるがな」
紬は納得していない顔をしたが、天音たちと一緒に席へ戻った。




