第11章 鯖味噌は待ってでも1
炊き上がった飯をほぐし、味噌汁の火を弱める。鯖の味噌煮は、昨夜から下ごしらえしておいた分を大鍋で温め直した。照りのある味噌だれから、生姜の匂いが立っている。
開店札を出すと、探索者たちが並んでいた順に入ってきた。席が埋まると、後ろの客は入口脇で待つ。食べ終えた者から探索口へ向かい、次の客が席へ入る。いつもの朝だ。
相模彩希は、めずらしく紬と天音より先に列へ並んでいた。
短い髪はきちんと整えられ、皮鎧にも泥や血は残っていない。ただ、左腕の籠手だけは外してあり、前腕に白い包帯を巻いていた。
「昨日、怪我したのか?」
「はい。浅い傷なので、洗って自分で薬を塗っておきました。まだ少し痛みますけど大丈夫。今日は潜れます」
真面目なのはいいが、休むという選択肢はないらしい。
注文を受け、鍋から鯖の味噌煮を皿へ移す。
「鯖味噌、おまち!」
「はい」
彩希が手を上げたところで、入口から紬が顔を出した。銀色の長い髪はいつもどおりまっすぐで、白い鎧も磨かれている。その後ろには、撮影用の鞄を抱えた天音がいる。
「晃一さん、今の鯖味噌まだある?」
「今の鍋は出てしまったが、また作るぞ」
紬の目が、俺の手にある皿を追う。
「今、じーっと鯖味噌見てた」
天音が小声で言った。
「は?」
「紬ちゃんが鯖を、めっちゃ見てた」
「じーっとは見てない」
「じゃあ、普通に見てた」
皿を受け取る前に、彩希が二人を見た。
「よかったら、先にどうぞ。私は別のものでも」
「あなたのほうが先に並んでたでしょ。冷める前に食べなさい」
紬はすぐに断った。
「でも、紬さんはこのあと深い階層へ行くんじゃ」
「新しいのができるまで待つわ。前日の疲れが残ってるのは、あなたも同じでしょ」
彩希は自分の包帯の巻かれた腕を見て、頭を下げた。
「いただきます」
箸を入れると、鯖の身がほろりと割れた。味噌だれをまとった一切れを飯と一緒に食べる。
彩希は笑顔になり、緊張が解けたようだ。
「昨日から残っていた疲労が、一口で全部……」
彩希は左腕を押さえた。
「痛くありません。まったく感じない」
「晃一さんのバフ飯だからね」
天音は慣れた調子で言う。
彩希は肘を曲げ伸ばししてから、目を見開いた。
「防御力と持久力が大幅に上がっているみたい」
「鯖と味噌で、朝から丈夫になれそうね」
紬は彩希の、そうの様子を見て、ようやく表情を緩めた。その直後、彩希は皿から鯖をもう一切れ口に入れた。
「また、じーっと鯖見てる」
「あまね」
「はい。言うのやめます」
彩希は、この日、敵の毒や麻痺が、まったく効かなかったそうだ。




