第10章 親子丼のレシピ動画3
「では紬ちゃん、お願いします。探索前のご飯、最初の一口です」
天音がカメラを構える。
紬は丼の端から卵と鶏肉をすくい、だしの染みた飯も一緒に箸へ乗せた。半熟の黄身が米粒へ絡み、持ち上げたところから白い湯気が細く昇る。
口へ入れた紬の頬が、ゆっくり緩んだ。
「……鶏肉、やわらかい。噛むとだしが旨味が広がる。玉ねぎは甘いし、卵でこくが出てる」
「紬ちゃん、食べる実況も上手!」
「実況じゃないわ。感想よ」
そう言いながら、もう二口目をすくっている。今度は半熟の多い真ん中だ。卵をまとった飯を食べ、紬は目を細めた。
「撮影で待たされたぶん、いつもよりおいしい」
「撮影してても、料理時間は変らん」
俺は、他の客の料理をこなしながら言った。
「それもあるけど、私のために一杯に心を込めて作ったでしょ」
「は? 親子丼は一杯ずつ作るもんだ」
「そう言うところもいい」
紬は丼を見たまま言った。
鍋を火にかけながら次の注文を聞き、味噌汁の残りも見る。今は客足も途切れず、紬の親子丼だけを考えて料理している余裕はない。気のせいだと思うが。
「温かいうちに食え。それが一番だ」
「うん」
短い返事のあと、紬はまた箸を動かした。
「鎧の下にあった打ち身が消えたわ。腫れていた左肩が元へ戻った。手の甲の擦り傷も、端から一気に塞がっていく。腕が軽い!怪我、全部消えました。朝の訓練でたまった疲れもなくなってます!」
天音がカメラ越しに確かめる。本人も朝から訓練を追って撮影し、もう腕が震えているのに、紬の変化を映すことへ夢中になっている。
「凄い! バフ飯凄い効果。リーダーの負傷と疲労が、あっという間に!」
紬は箸を置き、軽く首を左右へ向けた。次の瞬間、天音が撮る位置を変えようとしたより早く、紬の顔がレンズのほうへ動く。
紬は自分でも確かめるように、テーブルから落ちかけた箸袋を指先でつかんだ。目で追えないほどの速度で、手が動いている。
「敏捷力と反応速度が大幅に上がってる。それだけじゃない。天音の次の動きまで読める!」
「親と子で親子丼だから、連携まで強くなるんですかね。今日も派手なバフ飯です!」
「親子丼だ」
「親子丼ですが、バフ飯のバリエーションの一つです」
「飯を食って元気になっただけだろ」
俺が言うと、二人はそろってこちらを見た。
なぜ毎回、俺だけ分かっていないような顔をされるんだ。おおげさすぎる。元々S級探索者なんだから、それくらい当然だろう。
「晃一さん、傷が治るところも動画に使っていいですか?」
「そこは外せ。視聴者に、誤解される」
「本当に治ったから誤解じゃないわ」
「そういう適当な褒め言葉はいらない」
「本当なのに……」
紬は、親子丼を食べ続けた。
そのとき、盾を背負った探索者が、じっと見ているのに気がついた。天音はすぐに録画を止め、カメラを丼へ向けたまま伏せる。
「すみません、撮影は止めました。お顔は映してません」
「分かってる。それより、その親子丼は、まだ頼めるか?」
客は紬の丼から目を離さない。
「出来る。まだ仕込みは残ってる」
「では、お願いします」
「あいよ」
「晃一さん、もう注文が入りましたね」
天音が小声で言った。
動画を公開する前から一人釣れている。紬が食べる撮影は、思ったより客を呼ぶ力があるらしい。




