第10章 親子丼のレシピ動画2
「では、神崎屋の厨房からお届けします。本日の探索前ご飯は……」
「ちょっと待て」
俺は包丁を置いた。
「どうしました?」
「なんで天音が厨房に入ってるんだ」
「近いほうが鶏肉のつやまで撮れます」
「厨房に入るなと言っただろう。危ないから外で撮れ」
「料理人さんから安全指導が入りました。現場には緊張が……」
「気が散るから、変な事を言うな。普通に話せ、普通に」
天音は「はーい」と返しながら、楽しそうに客席側へ戻った。厨房の外の三脚にカメラを設置し、白い板で厨房に光を入れる。
俺がまな板へ向き直ると、今度は声を落として話し始めた。
「いま、晃一さんが鶏もも肉に包丁を入れます。迷いがありません」
「鶏肉を切るたびに迷っていたら、定食屋はできん」
「大きさには意味がありますか?」
「火の通りをそろえるためには、同じ大きさにしないといけない。大きすぎるとなかなか煮えないし、小さすぎると肉を食ってる感じが弱くなる」
鶏もも肉から余分な脂と筋を取り、ひと口で食べられる大きさに切る。玉ねぎは繊維に沿って薄く切った。卵は一人前につき二個。小さな器へ割り、箸先で黄身を崩して、白身を何度か持ち上げる。
「あまり混ぜないんですね」
カウンター席から紬が聞いた。丼が来る位置には、割った箸がきっちり置かれている。
「白身と黄身が分れた部分を少し残したほうが、食感が違って美味く感じる。全部同じ色になるまで混ぜると、食感も一つになるからな。これを二回に分けて入れて半熟部分を作れば、さらに違う食感が増える」
「半熟は多めで」
「撮影中に注文を増やすな」
親子鍋にだしを張り、醤油、みりん、砂糖を加える。火にかけると、醤油の香りと共に湯気があがる。鶏もも肉と玉ねぎを広げ、玉ねぎが透き通るまで煮る。
「ここで鶏肉です!」
天音の声が一段高くなった。
「見れば分かるだろ」
「大事なところは声も大きくしたほうが、動画を見てる人に伝わるんです」
「鶏肉を入れただけだぞ」
「だしの中へ、主役が堂々の登場!」
「スポーツ実況かよ」
「晃一さん、いまの嫌そうな顔、もう一度お願いします」
「やらん」
横から紬の笑い声がした。天音は俺の嫌がる顔まで撮っている。親子丼の作り方を紹介するはずが、定食屋の親父を困らせる動画になっていないか?
煮汁がふつふつと鳴り、鶏肉の表面が白くなる。箸で一つ返すと、切った面に薄く色が入っていた。煮すぎれば肉が締まる。中心まで火が通る少し前に、溶いた卵の三分の二を鍋の外側から入れた。
「一度目は、だしと具をまとめる分だ。縁の卵が固まってきたら、残りを真ん中へ入れる」
「二回に分けるんですね」
「一度に入れると、下から上まで火が入りすぎる。二度目は半熟を残すためだ」
二度目の卵を入れ、蓋をして火を止める。
炊飯器を開けると、炊きたての米から白い湯気が立った。丼へよそい、親子鍋の蓋を取る。半熟を残した黄身の濃い色と白身のやわらかな白、だしを吸った玉ねぎ、照りの出た鶏肉、が鍋の中で重なっている。
「寄って、寄って……わあ、これ、カメラマンもお腹すくやつです」
「湯気でレンズを曇らせるなよ」
「曇りました!」
「だから言っただろ」
天音は慌てて一歩下がり、布でレンズを拭いた。
丼の飯の上へ具を滑らせ、三つ葉を散らす。黄色と白の卵に緑が加わり、だしの香りがカウンターを越えて広がる。
紬の前へ置いた瞬間、天音がカメラを親子丼へ寄せた。
「待って。最初は蓋を開けるところから撮りたいです」
「蓋なんかないぞ」
「じゃあ、いったん何かかぶせます」
「これ以上蒸らしたら、卵が固まる。うちのは蓋が無い前提で調整してるんだ」
「もう一杯作って、今度は最初から蓋つきで!」
「動画用に作ってるわけじゃない」
「にゃははは」
天音は、頭をかいた。
紬は丼を両手で守るように手前へ引く。もう撮影など気にしていないようだ。




