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第9章 休業日に曇る客たち3

 午後3時頃、俺は仕入れを増やす交渉を終え、直接買った細々とした食材を入れた袋を両腕に下げてダンジョン地下1階へ戻ってきた。休みの日にしか寄れない店を回ったせいで、少々疲れた。


 神崎屋の前まで来ると、足が止まった。


 休業中の神崎屋前に、探索者やギルド職員、地下商店街の連中まで集まっている。壁際に座り込む者もいれば、閉まった戸を見たまま動かない者もいた。ざっと見ただけで二十人はいる。


「何してるんだ、おまえら」


「えーん! 晃一がいないと生きていけないわ。あのバフ飯がないと、もうここで何も出来ない!」


 紬が、いつもの白い鎧姿のまま、俺に抱きついて泣き出した。


「今日は休みだぞ」

「知ってます」


 知っていて、なぜ待つ。


 彩希は、地下2階へ入ったものの普段ほど力が出ず、二体ほどゴブリンを倒したところで戻ったらしい。ギルド職員は、昼までに終えるはずの書類が半分も進んでいないという。作業員まで工具箱を抱えたまま、朝から点検へ行く気になれないと肩を落としていた。


「飯を食ってないのか?」


 俺は、首をかしげた。


「食べたけど。全然、力が出ないんですぅ」


 紬は、泣きながら訴える。

 そんな顔で言われても困る。俺は仕入れの為に休業札を出したんだ。


 ただ、これだけの人数が、そろって沈んでいると、そのまま帰るのも寝覚めが悪い。今、店にあるもので何とかならないか考える。


「豚汁だけ作る。今日は営業じゃないが仕方ない、金はいらない、全部サービスだ」


 集まった面々の顔が一斉に上がった。


「無料でバフ飯?」

「バフ飯? ただの豚汁だ。しかし、味には自信がある」


 戸を開けると、全員がぞろぞろついてくる。休業日なのに、店へ入る列だけは営業日より長かった。


 大鍋を出し、まず豚肉を食べやすい長さに切る。大根と人参はいちょう切り、ごぼうは薄いささがきにした。こんにゃくは包丁で切らず、手で小さくちぎる。


「なんで、こんにゃくだけ手なんですか?」


 彩希が聞いてきた。


「表面がでこぼこになるから、汁が絡みやすい。大きさはそろえすぎなくていい」


 鍋にごま油を引き、豚肉を入れる。じゅっと音が立ち、白く変わる肉の縁から脂が出た。そこへごぼうとこんにゃくを加えて炒めると、ごま油の香ばしさに土の匂いが重なる。


「もう、うまそう」


 集まった人間達が、口々に声をあげた。


「まだ肉とごぼうを炒めてるだけだぞ」

「その時点で勝ってます!」


 何に勝ったんだ。


 大根と人参も加えて油をなじませ、だしを注ぐ。鍋底から具が持ち上がり、湯気が一気に広がった。煮立ったところであくを取り、火を弱めて根菜へ箸が通るまで煮る。


 味噌は最初に半分だけ溶いた。豆腐を大きめに崩して入れ、もう少し煮てから火を止める。残りの味噌を溶き、最後に長ねぎを散らした。


「味噌を二回に分けるのね」


 紬が、大鍋を覗き込む。


「最初の分は具に味を入れるためだ。最後の分は香りを残す。全部を早く入れると、煮ている間に味噌の香りが弱くなる」


 椀へよそうと、薄い茶色の汁から大根、豚肉、豆腐が顔を出した。ねぎの緑が映える。味噌とごぼうと豚の香りが合わさって漂う。


「一人一杯だ。大鍋だが人数も多いから、これが限界だ」

「おかわりは?」


 紬が、また涙目になる。


「今の話を聞いてたか?」


 椀が行き渡り、皆が、ふうふう息を吹きかける。最初に飲んだ天音が、目を見開く。


「うまっ。大根、この短い時間に中まで味が入ってる」


「ごぼうの香りがいい。豚の脂で、こくが出てる」


 紬が、目を輝かせた。


 彩希は豆腐を崩し、断面に味噌を吸わせて口に運ぶ。作業員は、こんにゃくを噛みながら何度もうなずいている。


 一口飲んだ途端、皆の顔から朝から残っていた不安が消えた。


「さすが、豚肉と根菜をたっぷり入れた汁だ。持久力と防御力が大幅に上がった気がする」


 タンク役の探索者は腰を落として踏ん張り、隣の仲間が押してもびくともしない。作業員は重い工具箱を軽々と持ち上げ、ギルド職員は背筋を伸ばした。


「体が芯から強くなった感じがする。これなら一日中、盾を構えていられそうだ。さすがバフ飯、ステータスには何も出てないけど、間違いなく持久力と防御力が跳ね上がってる」


「はあ? 豚汁を飲んだから、腹が温まっただけだろ」


 俺が言うと、全員が同じ顔でこちらを見た。何かおかしいことを言っただろうか。


「店主、ごちそうさまでした! もう一度、低層へ行ってきます!」


 彩希が、頭を下げる。


「書類、昼の遅れまで取り返してきます」


 ギルド職員は、そう言ってギルドに戻っていく。


「点検、早く終わらせてくるぜ」


 作業員は、軽く片手をあげて挨拶してから、店を出て行く。


 さっきまで戸の前に座り込んでいた連中が、空の椀を返して次々と仕事へ向かう。足取りは速く、声にも張りが戻っていた。


「明日はやってるんですか?」


 紬が、聞いてきた。


「明日は普通に営業する。今日はこれで終わりだ」

「じゃあ、休業日は無料豚汁の日ということで」

「二度とやらん」


 休みのはずが、空の大鍋と椀の山が残っている。俺は直接買った食材を冷蔵庫へ入れながら、当分は休めないなと思った。

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