第9章 休業日に曇る客たち1
その日の俺は、急に店に来る客が増えた為、仕入れを増やす商談をしに出掛けていた。
これは、商談の為に店を休みにした日の出来事。
朝の地下1Fは、店が開く前から少しざわついていた。
探索者たちはそれぞれの装備を整えながら、通路のあちこちで身支度をしている。いつもなら、神崎屋の前で昼食を食べてからダンジョンに潜る者が多い。神崎屋の飯でパワーアップし、準備を整えて、冗談をひとつ交わしてからダンジョンへ潜って行く。そんな流れが、東京ダンジョンではもう当たり前になりつつあった。
だが今日は違う。
神崎屋の前には「本日休業」の札がかかっていて、のれんも出ていない。
その札を見た紬は、足を止めたまま二度見した。
「……休みですって。今日は定休日じゃないのに」
隣にいた天音が息を呑む。紬の目から、さっきまであった光がすっと消えたからだ。
「ほんとだ、閉まってる。仕入れの為に臨時休業だって貼り紙が」
「え?」
「昨日の帰り際に言ってたよ。紬ちゃん、聞いてなかったの?」
「聞き逃した……もう駄目、私、死ぬかもしれない。今日一日、晃一さんの料理を食べられない。彼に会えないなんて。昨日まで3日もアイドル活動で来れなかったのに」
紬は、完全に来た時の勢いを失っていた。銀色の髪はいつも通りなのに、青い瞳だけが雨の前の空みたいに暗い。
普段なら、晃一の飯を食べたあとで「今日は、もっと深層に行けそうです」と笑うところだ。力が湧き、反応が鋭くなり、傷んだ体まで軽くなる。その効果が得られない、いや彼に会えない現実を前にして、紬は座り込んで動けなかった。
「なんだか、力が入らない……」
「朝ごはん食べたでしょ情けない」
「朝ごはんには、なんのバフ効果も無いのよ。晃一さんご飯のじゃないと駄目なの」
「確かにそうだけど、リーダーはS級探索者でしょ、無理しなきゃ大丈夫だって。今日は定期配信の日だから休むわけにはいかないっしょ」
天音はカメラを取り出して、言った。
「今日は確かに配信の勢いも出ないかもねえ。最初の神崎屋の料理がコメントの勢いを出すのに重要なのに」
「ダンジョン攻略なんて、添え物よ」
「いやいやいや、リーダーが主役だから……」
天音は否定しきれず、口を閉じる。
そんなハートフルレイズを見て、通りかかった探索者が「え、今日は休みなのか」と口々に言った。さらに、出勤してきたギルド職員まで本日休業の札を見て、同じように肩を落とした。
みんなが頼り切っていた神崎屋のバフ飯が、今朝は食べられない。
探索者たちは休業札の前でぼうぜんと、しばらく立ち尽くした。誰かが「別の店へ行くか」と言ったが、返事をする者はいなかった。




