第7章 美味そうな匂いと換気口3
食べ終わると、作業員はすぐに仕事の顔に戻った。
脚立を置き、厨房の換気口の薄いフィルターを外す。中から細かい埃と、油を吸った黒い粒のようなゴミが少し落ちた。俺は慌てて布巾を持っていく。
「やっぱり少し溜まってるな」
「まだ、開店から少ししかたってないんだけどな」
「まだ少ない。けど、これから客が増えるなら掃除の周期を短くした方がいいぜ」
作業員は手際よく内側を拭き、新しい消臭フィルターを取り付けた。金属の枠を戻す音が、かちりと店に収まる。この消臭フィルターには、ダンジョン内でしか働かない魔法効果があり、ほとんどの匂いを外に出さないようにしてくれるらしい。
「厨房も見ていいか」
「見るだけなら」
「修理の必要があれば言う」
男は換気扇の音を聞き、火口の位置を見て、しばらく黙っていた。それから短くうなずく。
「今は大丈夫だ。きっちり、リフォームされてる。ただ、調子が悪ければ早めに相談しろ。客が多くなれば、厨房の機器も酷使されるからな」
「酷使されるか」
「忙しいと、消耗が激しいからな。メンテがいいと、味も落ちない」
妙に料理人みたいなことを言う。
紬が、空いた皿を見ながら小さく言った。
「厨房のメンテナンスも、大事なんですね」
「そうだな」
俺が言うと、作業員は工具袋を肩にかけた。
「今回の工賃は、組合が出してくれるそうだ。だが、匂いが完全に漏れなくなる事はないかもな」
「魔法効果のある消臭フィルターにしたのにか」
「あんたの料理が特別なんだよ。規格外だ」
「腕に自信はあるが、ただの家庭料理なんだがなあ」
「まあ、匂いで腹を減らして倒れるやつは減るだろうよ」
それは、喜んでいいのか分からない。倒れるのは困るが、店が流行らなくなるのはどうなんだろう。丁度いいところに落ち着けばいいが。
会計を済ませる時、男は少しだけ笑った。
「次は仕事抜きで来る。焼きうどん、美味かった」
「いつでも歓迎だ」
「仕事込みでも来るぞ。メンテナンスは任せてくれ」
「それは助かる」
男が出ていくと、店の中の匂いまで、少なくなった気がした。気のせいかもしれない。だが、厨房に戻ると、換気が良くなった気がした。
紬が、厨房の換気口を見上げる。
「晃一さん」
「何だ」
「この店、空気が良くなった気がします」
「換気口でか」
「そうですね、換気口が綺麗になったからかも」
変な言い方だが、少し分かる気もした。客が来て飯を作れば、匂いも出る。こういったメンテナンスは定期的に必要だろう。
俺は洗い場へ皿を運びながら、次に掃除する場所を頭の中で考えた。
飯を出すだけのつもりでも、店をやるというのは、思ったより色々やらなきゃいけないことがある。




