第7章 美味そうな匂いと換気口2
鉄のフライパンを火にかけサラダ油を入れると、ちりちりと音を立てて底が熱を持つ。
最初に入れるのは豚肉だ。脂がじゅっと弾けて、細かい音を立てる。そこへ玉ねぎとキャベツ、にんにくの薄切りを入れると、甘くて香ばしい匂いが立った。麺は茹でた後に、一度湯を切ってから、油をまとわせてほぐす。こうすると、フライパンの上でくっつかない。
「いい音だな」
作業員が言った。
「そうだろう。匂いはどうだ?」
「確かに匂いもいい。急に腹が減ってくる」
「そんなもんか」
「これは凄い。どんどん食欲が沸いてきた」
料理は、匂いも大事だ。美味そうな匂いは、食欲をかき立てる。倒れるほどとは思わないが、いつも気にしているポイントだ。
飯の味とは別に、店の匂いみたいなものはある。
だししょうゆと、少しのみりんををフライパンのふちから回しかけると、香りが変わった。甘さと焦げる手前の匂いが混じって、腹を刺激する。強火で麺を炒め、最後に青ねぎを散らす。
「晃一さん、それ、絶対反則です」
紬が横からのぞき込む。
「何がだ」
「匂いで先にやられちゃう」
「腹が減ってるなら、当然だ。それを狙ってる」
「じゃあ私もやられます」
「そういうだろうと思って、お前の分も作ってる」
「なら、いいんです」
何だ、簡単だな。
皿に盛って、横に紅ショウガをそえる。豚肉とキャベツと玉ねぎが麺に絡み、湯気が立ち昇る。作業員の前に置くと、男は箸を取る前に一度、厨房の換気口を見た。
「やばいな、この匂いが外に出りゃ、そりゃあ腹も減る」
「そういう仕事をしてるからな」
「今日は、食えるんだから役得だ」
「金は取るよ」
男は笑って、ようやく箸を焼うどんに入れた。ひと口食べると、顔が緩む。
「ああ、これは苦情になる」
「そうなのか」
「仕事中にこの匂いが流れてきたら、仕事にならなくなる」
「それは、そいつのせいだろう」
「半分はな」
紬も焼きうどんを食べている。湯気の向こうの彼女は静かだ。熱いものを食べる時の紬は、余計な言葉が減る。箸の動きは止まらない。




