第7章 美味そうな匂いと換気口1
昼時の長蛇の列を何とかさばいた後、店の戸が開いて、場違いな男が入ってきた。
入ってきたのは探索者ではなく、作業服の男だった。袖をまくった腕に細かい傷があり、腰には工具袋を下げている。年は三十代半ばくらいか。髪には埃がつき、首にかけたタオルは少し黒ずんでいた。
ダンジョン地下1階には、水道、ガス、電気などのインフラが通っており、こういう男がいても不思議ではないが、今まで客で来た事は無かった。
「神崎屋って、ここで合ってるか」
「合ってるが、飯かい」
「半分は飯。半分は確認だ」
「何の確認だい。また、うちの飯の効果の話か?」
男は苦笑して、入口の上を指差した。
「換気の点検だ。地下商店組合の方から回されてきた。あんたの店、昼時になると通路の換気口から、やたら美味そうな匂いが出て、通りがかりの何人かが腹減って倒れたって苦情が来てる。食いたいのに、満員だったそうだ。それで、元気を失くしてな」
「そう言われてもな。うちは1人でやってる店だ。キャパってもんがある」
「まあ、そうなんだが、換気口に特別な消臭フィルターを付けさせてくれ。匂いをかいでしまったら、ここの飯を食わないと仕事にならない、戦えないって奴が増えてるんだ」
「そんな苦情聞けるわけないでしょ。入りたいなら並びなさいよ。私は、今日なんて朝5時から並んでるのよ」
カウンターの端にいた紬が、湯のみを持ったまま顔を上げる。
「紬、お前、朝5時から並んでるのかよ。さすがに、そこまで混んでないぞ。確かに昼時は混雑するようになったけどな」
俺は額を押さえた。
「だって、時間の空いてる日は、早く晃一さんに会いたいのよ」
「来てくれるのは助かるが、そこまでする必要はないぞ。お前も、色々忙しいだろう」
「いやいや、お嬢ちゃん。ちょっとフィルター付けるだけだから」
困ったように作業服の男が口をはさんだ。
仕方ない、換気効率は落ちるかもしれないが、多少ならば調理に問題は無いだろう。
男は厨房の換気口を見て、その奥を点検した。
「火を使う量が増えたか」
「客が増えたからな」
「揚げ物は?」
「結構、出てるかな」
「そうか、掃除はサービスしておくよ」
そう言って、男は工具袋を床に置いた。外から、フィルターや掃除道具を運び込んできた。掃除もしてくれるのは、ありがたい。
「飯も食っていくんだろ。作業前に食うか、後に食うか、どっちだい?」
「後にすると匂いが気になって集中できない。先で頼む」
「何がいい」
「早く出来て、熱々なのがいいな」
俺は少し考えて、冷蔵庫を開けた。
「焼きうどんにするか?」
「いいな。手早く食える」
「熱々で出すよ」
「ありがてぇ」
まったく。そんなにうちの飯が食いたいのはありがたいが、食えないからって倒れるかね。戦えないは、おおげさだ。ダンジョンにいる連中は、よほど腹を減らしているんだろう。探索者含め、重労働が多いから仕方ない。




