第5章 バフ飯の噂
配信の次の日の昼頃、店の戸が開いた。
入ってきたのは、初見の若い女の探索者だった。皮鎧、腰には短剣をぶら下げている。まだ二十歳にもなっていなさそうだ。髪は短く、落ち着かない感じで店の中をきょろきょろ見回していた。初めての店に一人で来たせいか、少し落ち着かない感じだが、店先で迷って帰るほど度胸がないわけではないらしい。
「ここ、昨日、配信でやってた店ですよね」
「配信?」
「早見さんが上げてたやつです。飯を食ったら、凄い効果があるっていう」
効果……そういう広がり方をしたのか。
俺は少しだけ肩をすくめた。飯を出しただけで、尾ひれが勝手に増えていく。客の誤解がだんだん大きくなるのは、あまり心臓によくない。
「うちの飯は、食べたら元気になる自信はある。けど、そんなに派手なもんじゃないぞ。美味い飯食ったら、元気になるのは当たり前だ」
「元気になって、全回復。防御力アップ、痛みも感じなくなるんですよね」
若い探索者はそう言って、カウンターの椅子に座った。姿勢だけは妙にいい。たぶん、こういう場所では、少しでも落ち着いて見せたかったんだろう。
その横で、紬があきれた顔をした。
「凄いのは本人じゃなくて料理のほうよ。あんた、ちょっと晃一さんの顔を見すぎ」
「いや店主さんも、よく見れば、かっこいいし」
「見るのはいいけど、いい加減にしなさい」
紬はそう言った。彼女は、昨日と同じ席に座っていた。天音はその後ろで、もうカメラをいじっている。今日も撮る気満々らしい。
「晃一さん、今日は何がお勧めなの?」
「今日はハンバーグ定食はどうだ。いい肉をしっかり練って、焼いて、特製ソースをかける」
「それ、地味に見えて、かなり動画映えするやつだよね。じゅーって」
天音が、笑顔で言う。
「だから動画映えって言うのをやめろ」
俺は苦笑しながら、冷蔵庫から合いびき肉を取り出した。
玉ねぎは先に炒める。生のままだと辛いし、水っぽくもなる。細かく刻んで、油でゆっくり火を通す。色が少し透けて、甘い匂いが出てきたところで火を止める。これを少し冷ましてから肉に混ぜると、後でまとまりやすい。
ボウルに肉を入れて、塩を振る。そこへ炒めた玉ねぎ、パン粉、牛乳、卵を入れる。あとは手でよくこねる。ここを適当にやると、焼いたときにすぐ割れる。
「ハンバーグって、こねるの大事なんですね」
紬が、厨房側に身を乗り出してきて言う。
「そうだ。こねるっていうより、肉と具をひとつにする感じだな。最後に空気を抜きながらまとめると、焼いたときに形が崩れにくい」
「へえ」
若い探索者が真剣な顔で見ている。そんな顔をされると、こっちも少しだけ丁寧になる。
紬は、その探索者を、けげんそうな顔で見ている。
生地を何個かに分けて、手のひらで往復させる。片手で一個を持って、逆の手の平に落とす。ぱちっと軽い音がして、空気が抜ける。
「この音、いいですね。これで空気が抜けるんですか」
若い探索者が、言った。
「そう。中にすき間が残ると、焼いたときに崩れやすい。さらに、最後に少しだけ真ん中をへこませる。真ん中だけ先に膨らむからな」
「へぇ……」
フライパンを熱して油をひく。ふわっと煙が立ったところへ、生地を入れる。じゅ、と音がして、表面がすぐに固まる。焼き目がついたら裏返す。少しだけ水を入れて、蓋をする。蒸気が蓋から漏れて、肉の匂いがいっそう強く広がった。
「焼き目は、肉汁を閉じ込めるためでもある。中に火を通すだけじゃなくて、表面に香りをつける役目もある」
「なんか、料理してるって感じがします」
「してるんだよ」
焼いている間に、付け合わせのキャベツを切る。千切りにするときの音が好きだ。トマトを切ると、赤い果肉の断面が綺麗に出た。スープも用意する。今日は玉ねぎとわかめのコンソメスープにした。ハンバーグは肉の匂いが強いから、スープには生姜を入れて、少しすっきりさせる。
ソースは、フライパンに残った肉汁にケチャップとウスターソースを同じくらい、そこへ少しだけしょうゆを足す。肉と玉ねぎの旨味が残っているから、単純でいい。最後にバターをひとかけ落とすと、まろやかになる。
「ソースって、フライパンで混ぜるだけなんですか」
若い探索者が聞いてくる。
「混ぜるだけでも、入れる順番で味が変わる。先に火を通すとケチャップの酸っぱさが飛ぶ。バターは最後に入れて、香りを残す」
「へえ。料理って、そういうのあるんですね」
「ある。毎日やってると、だいたい体で覚える」
焼き上がったハンバーグを皿にのせる。ソースをかけると、じゅっと最後に鳴って、見た目が一気に美味そうになった。黄味を半熟で仕上げた目玉焼きも置く。白いご飯とスープを添えると、定食らしくまとまった。
「はい、お待ち」
若い探索者は両手をそろえて合掌し、少しだけ背筋を伸ばした。
「いただきます」
最初の一口は、かなり慎重だった。だが、噛んだ瞬間に目を丸くした。
「口の中で肉汁が飛び出る。焼き目の香りが先に来て、あとから玉ねぎの甘さが広がって。ソースの少し酸っぱい匂いが、最後に残るわ」
矢継ぎ早に感想を述べる。
「……美味しい!」
彼女は、思わずそう言った。
「そりゃどうも」
「いや、それだけじゃなくて。これ、思ってたより、ずっとちゃんとしてます」
「おいおい、どう思ってたんだよ。ちゃんと作ってるからな」
「配信のコメントだけじゃ本当に効果あるなんて完全には信用できなくて。ちゃんと効果がある気がします。それに、思った以上に美味しいです!」
その言い方に、紬がすぐ反応した。
「配信のコメントで見ただけじゃ信用できない、って何? 晃一さんの料理は、本物に決まってるでしょ」
「紬、急に怒るな」
「怒るでしょ、普通」
いや、普通じゃないだろ。全回復とか、変な効果があるとか言われたら、信用できないのも仕方ない。
紬はそう言いながらも、少しだけ頬をふくらませている。どう見ても、俺の飯を他のやつに褒められてむっとしている顔だ。分かりやすいにもほどがある。
若い探索者は、気まずそうにフォークを止めた。
「すみません。私、変な言い方しましたか?」
「いや、いい。美味いなら、それでいい」
「じゃあ、また来てもいいですか」
その言葉に、天音がすぐ顔を上げた。
「また来る気になったんだ」
「なりますよ。こんな凄い店、他にないので」
「でしょでしょ。絶対伸びるんだから、この店」
天音は勝ち誇ったみたいに、カメラで彼女の感想を録画しながら言った。
「次は友達も連れてきていいですか。うちのパーティー、みんなお腹が減るの早いので」
「ああ、いつでもきなよ」
「もちろんです。次は、たぶん全員で来ます」
そう言って、若い女の探索者は最後の一口を食べ切った。
皿が空になると、ちょっと残念そうな顔をした。立ち上がる動きは、さっきより軽い。気分よく食べてくれたなら、作ったほうも悪い気はしない。
「また来ます。今度は、もっと、お腹を空かせて来ます」
「次は、大盛りサービスするよ」
俺がそう返すと、若い探索者は笑って頭を下げた。
その背中を見送ると、紬がぽつりと言った。
「……今の、大盛サービスっていうの、ちょっと気に入らない」
「なんでだよ」
「だって、もう店の常連みたいな扱いして」
「また店に来るなら、それでいいだろ。」
「そうじゃなくて」
紬はそこで言葉を切って、箸を持ち直した。
「……まぁ、いいけど」
あまりいい顔ではなかった。けれど、さっきまでのむっとした顔よりはましだ。
天音はそのやり取りを見て、にやにやしている。
「晃一さん、紬はね。他の女の子に優しくしたのが許せないの」
「そんなの、俺には関係ない。あれくらい大した事じゃない」
「ふーん。じゃあ、次に来る可愛い女の子も、全部そういう感じで通すんだ」
「通すさ。飯を食いに来てくれるならな」
その言葉を聞いて、紬が少しだけ、にらんできた。次に来る客が増えるたび、こんな顔をされるのも増えるのだろう。店を続ける以上、それは仕方ない。
常連になりたい客が増えるのは、悪い話じゃない。俺は空いた皿を下げながら、次に何を出すかを頭の中で考え始めた。ハンバーグの次は、何にするか。
その日、あの若い探索者は、ゴブリン100匹以上を倒し、初心者単独討伐記録を塗り替えたという。元々、才能があったのだろう。




