商人の街ジャスミン③
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個人商店が並ぶ場所には、その地域に昔から住んでいるであろう人たちが買い物に来ていた。
老人や小さな子供連れの母親が仲良く買い物をしていた。
「……平和な光景ですね」
「えぇ。私たちが守るべきものの一つですね」
「……はい」
『私たち』、シリウスがそう言う度に、シルフィーリの心に少しだけ痛みが走る。
そして、毎回、自分自身に言い聞かせている。
神子の婚約はあくまでも一時的なもの。最終的に巫女が嫁ぐことになるのだから、仲良くし過ぎてはいけない。
神子は神様の子供。
人と結ばれることは許されない。
それがラピテル神の教えなのだから、破ることは許されない。
神官たちに口酸っぱく何度も言われた。
物心が付いた頃にはすでに神殿で教育を受けていたシルフィーリは、神官たちの教えしか知らなかった。
新しいことを教えてくれたのは、シリウスたちだ。
シリウスたちはきっとラピテル神殿の掟を知らないのだろう。
だから、シルフィーリに気軽に接する。
妙なもので、ラピテル神殿の神官や巫女たちはそこだけはきちんと守っていた。
そのせいか、幼い頃から神子として神殿にいたシルフィーリには、一度も会ったことがない婚約者だった人が何人もいた。
ひどい時だと、婚約して半月後には見も知らぬ婚約者はどっかの巫女に下賜された。
一応、巫女より神子の方が格が上ということになっているので、建前上は下賜なのだ。
実際はほとんど相思相愛だったり政略結婚の箔付けみたいなものなので、シルフィーリが会わなくてもどうでもいいことだった。
巫女が勝手に、『ラピテル神より神子の婚約者を下賜するとの神託を賜った』、そう言って結婚するのだ。
だから、シルフィーリは歴代の婚約者とまともに会ったことはない。
たまに興味本位でシルフィーリの前に姿を現す者もいるが、たいていはシルフィーリの幼さにがっかりして帰って行っていた。
書類上だけの婚約者がどれだけいたのか、シルフィーリは知らない。
これがフィアドラ帝国にいる時ならこのままシルフィーリはシリウスに嫁げたかもしれない。けれど、シルフィーリはラージェンに戻って来てしまった。
巫女たちが一人でも生き残っていれば、シリウスの結婚相手は自分だと名乗りを上げるだろう。
いつものように、ラピテル神より神託を賜ったと言って。
そう考えただけで、シルフィーリの心がずきずきと痛み始めた。
「フィー?どうかしましたか?」
「……何でもありません」
「本当ですか?」
「はい。一応、ラージェンは故郷になるので、少し懐かしく思っただけです」
「……そうですか……」
「はい」
この心は、シリウスに知られてはいけない。
これは、親を知らない自分の心が、優しく導いてくれるシリウスを親と勘違いしているだけだ。
親離れするのが嫌で、心が少しだけ駄々をこねているだけだ。
大丈夫。
一人には慣れている。
ラージェンに、巫女がいるのを忘れていただけだ。
それに、もう一つ。
神子のやるべきことを忘れてはいけない。
「……守ります」
「フィー?」
シルフィーリは、いつも通りの笑顔をしたつもりだった。
その笑顔にシリウスが何かを感じていたことに、シルフィーリは気が付かなかった。




