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怒髪冠を衝け!  作者: 村松康弘
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 凄子は報告書をテーブルに投げ出すと、ソファーに背をあずけて頭の後ろで指を組んだ。

 (どうも納得いかねえ。精神鑑定の精度がどの程度のもんか知らねえが、キチガイを装って不起訴に持ち込んだってことは考えられねえのかな…)

 そして凄子の脳裏に、あるテレビ番組がよぎった。

 昭和43年放映のテレビ番組『怪奇大作戦』のことだ。…S.R.I(科学捜査研究所)が、さまざまな難事件を解決していく物語だが、その中に『狂気人間』という話がある。

 『狂わせ屋』なる人間が存在し、依頼者を機械で一時的にキチガイ状態にし、依頼者はその状態のまま殺人を犯す。その後逮捕されても精神鑑定の結果、心神喪失で不起訴となり野放しにされるといった内容だ。キチガイ状態で目的の相手を殺せるか疑問だが、もし可能ならば現在の法制度を上手く利用した犯罪だ。

 (大昔のテレビ番組でさえ、その可能性に焦点を当てている。…現代ならなんらかの方法があるかもしんねえ…)凄子は宙を見つめて思った。

 

 凄子は清掃センター名簿の『大島清』の欄に記載されている住所をメモすると、棲み家を出た。

 ボロ自転車が屑になってしまったため、近くのリサイクルショップに出向いた。5000円でママチャリを買い、そのままメモの住所へと自転車を走らせる。

 ママチャリはある程度の整備をされていたのか、ボロよりも快適だ。思わず鼻歌を口ずさむ。

 電柱に表記されている番地を見ながらメモの場所に着いたが、そこは食品工場だった。(やっぱしな、でたらめを書きやがったな)凄子は舌打ちをすると、柴山に電話を入れた。

 

 「やあ、セイコちゃん、棲み家に戻ったってフジから聞いたよー」

 柴山はいつもの軽い感じに戻っていた。アストロのガラスを叩き割って突入してきた時の、阿修羅のような雰囲気は微塵も感じさせない。

 凄子はゴウゾウから受け取ったリストを精査して『美崎』という人物にたどり着き、同一人物と思われる『大島』の現住所に行ってみたが、でたらめだったことを報告した。

 「美崎の情報をあとでファックスするよ」

 と言うと、

 「わかったよー、俺の方でも調べてみるね。それとまだ怪我が完治してないんだから無理しないでねー」

 柴山はなんでもない会話のように電話を切った。

 

 ママチャリをこぎ出すと携帯が鳴った、ゴウゾウからだ。

 「よう姐御、身体の方はだいぶ良くなったんか?」

 「おう、もう大丈夫だ。それよか清掃センターの名簿、サンキュー。おかげで犯人らしい野郎の見当ついたぜ!」

 「マジか、さすが姐御だな」

 ゴウゾウは嬉しそうにガラガラ声で笑った。

 「そんでさ、美崎って野郎が怪しい、不審者名簿の。そいつのこともっと調べられねえかや?」

 「…美崎な、了解ー。調べとくわ」

 凄子は電話を切って、暮れていく市街地をママチャリで駆けていく。


 翌日の昼間、凄子は珍しく酒の残っていない頭を回転させて、リストと地図をにらめっこしていた。(ゴウゾウからの続報だけが頼りなんだよなー)セブンスターに火を点けて天井を見上げる。

 ブザーが鳴った、凄子はくわえタバコのまま玄関に行く。魚眼を覗いたらハゲ頭が見えたので、ロックを解く。開けると佐々木が立っていた。

 「姐さん、無事で良かったー」

 佐々木はいきなり抱きついてきた。頭ひとつ以上小さいので、ジジイなのに子供のように感じる。

 「おうおう、留守にしてて悪かったな。まあ入れや」

 凄子は佐々木のハゲ頭をなでると、部屋に招じ入れた。

 ちゃちな応接セットに向かい合うと、佐々木は風呂敷包みから箱入りの酒を出して渡してきた。

 「おそくなりやしたけど、一応お見舞いってことで。…姐さんにはこれが一番いいかなと思いやして」

 酒はワイルドターキーだった、バーボンの中でも凄子の一番の好物だ。

 「おう!ターキーじゃね。おめえはわかってんな!」

 凄子はテーブル越しに佐々木のなで肩をパンパンと叩いた。佐々木は痛みに耐えながらも、凄子の復帰を心から喜んでいるようだ。

 「せっかくのいい酒、さっそくおめえと酌み交わしてえところだがさ、例のストーカー野郎の正体がわかりそうなんだよ」

 「えっ!マジですか!…デッドなんとかって店に行った野郎ですよね」

 「そうそう、おめえの鼻が利いたからそいつにたどり着いたんだぜ。…おめえの大金星だわ」

 凄子はセブンスターの箱を振った。佐々木は笑顔で1本抜いて火を点けた。

 「そんでさ、野郎はコンビニに寄ったあと予想どおり東郷のマンションの前でなんか企んでた。…ところが。ところがよ…」

 途端に凄子の顔が一気に険しくなったのを見た佐々木は、タバコを持つ手を止め笑顔が消えた。

 「その野郎にあと一歩ってとこで、関係ねえクソガキどもに邪魔されちまってな…思い出しただけでまた蹴り倒したくなるわ。あのガキどもさえいなきゃ…」

 右の拳を握って憤怒顔の凄子を見た佐々木は、クソガキどものその後を想像してため息をついた。

 

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