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怒髪冠を衝け!  作者: 村松康弘
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 若造から封筒を受け取った凄子は、エレベーターホールまでの廊下を歩きながら、またボロ自転車のことを思った。たかがボロ自転車、されど凄子にとっては大事な足だった。スクラップにしてしまったことを詫びる気持ちになる。

 3日ぶりに部屋に戻り応接のソファーに身を預けると、この数日間の疲れがどっとぶり返してくる。背もたれに深く沈み封筒をテーブルの上に放ると、セブンスターに火を点けて半ば放心状態で根元まで吸いつくす。

 南部鉄器の黒い灰皿にタバコをひねり潰し、よろよろ立ち上がると黒ずくめの格好からラフな普段着に替えた。ついでに洗面所に行き、手と顔と洗う。


 首の関節をポキポキ鳴らしながらソファーに戻ってくると、水色の封筒の中身の書類を取り出す。そこには14名の情報がコピー用紙にプリントアウトされていた、つまり清掃センターで働く20代から30代の男は14人ということになる。リストには氏名、生年月日、現住所、採用年月日、その他家族の情報等が書かれている者もあった。

 ゴウゾウからどういう経緯で何人の人間を経て情報元に伝わり、そしてまたどんな経緯でゴウゾウまで戻ってきたか知らないが、リストの中身は多分、清掃センターの人事関係の部署が管理しているものだろうと思った。

 凄子はリストをパラパラと眺めると、一度腰を上げて湯を沸かしに行く。やがて湯呑みにコーヒーを作ってからソファーに戻り、老眼鏡をかけると真剣に取り組んだ。

 ゆっくり時間をかけて調べたが、ここからは不審な匂いは何も嗅ぎ取れない。もっともこれは当人たちにとって履歴書のようなものだから、それは当然といえば当然だ。(だが、デッドフラワーズのマスターは、キャップ男のバイト先は清掃センターだと本人が言っていたと言った。それが嘘でなければ、このリストの中の誰かであるはずだ)凄子はリストを手にしたまま、目を宙に泳がせ思考を重ねる。

 そしてふと思いつき、書棚から以前にゴウゾウからもらった『変質者・性犯罪者』のリストを持ち出してくる、念のため両リストに重複する人物がいないかを調べてみるためだ。念入りに見たが一致する名前の人間はいない。うーん、と一度唸ると、今度は生年月日で重複する人物はどうかとリストの照合をはじめた。

 時間をかけてふたつのリストを交互に見比べていると、不意に凄子の目が一点で留まる。(…あった、ありやがった。リスト上で生年月日が合致する人間)

 途端に凄子の背筋にゾクゾクと緊張が這い上がり、胸がつかえたようになる。(あわてるな、偶然の一致ってこともあるんだから)と自分に言い聞かせたが、凄子の胸は迷路の出口を見つけた時のように踊りだした。


 清掃センター従業員のリスト上の『大島清』という男と、変質者・性犯罪者リスト上の『美崎治男』の生年月日が同じだった。ともに昭和61年4月2日になっていた。凄子は頭で計算して現在29歳だと知る、そして美崎のリストを読み直してみた。

 美崎治男は、市内の小中学校を卒業後、この辺では一番レベルの高い高校に進学していた。そして3年後に卒業すると同時に、東京の有名私立大学に現役で合格している。4年後には留年もなしで無事卒業とあった。

 凄子はふーんとため息をつくと、(あたしみてえな底辺中の底辺を這ってきた人間からすりゃ、超エリートに見えるな)と感じた。

 そして美崎は大学卒業後すぐに、大手証券会社に就職と書いてあって、ここまではヤツの人生は順風満帆に見えた。しかしそれから2年後に、理由は書いていないがその証券会社を解雇になっていた。5年前の平成22年、美崎が24歳の時だ。凄子は一度老眼鏡を外すと美崎が会社をクビになった理由を想像してみたが、自分とはまるで縁のない世界なのでさっぱり見当もつかなかった。

 続きを読む、会社を解雇された美崎は同年、東京から故郷の長野市に転居するが実家には寄りつかずに、繁華街の安アパートに間を借りていた。実家は方々に土地を所有している裕福な家柄らしいが、本人と家族の折り合いが悪いらしかった。それは証券会社をクビになってからかどうかは書いてない。

 それからの美崎の生活は、水商売やパチンコ店などのバイト暮らしだったようだが、どこも長続きせずに転々と職を変えていたらしい。どうやら職を変えるたびに知り合いになった人間やかつての友人などに、架空の儲け話をでっち上げて金をだまし取る、詐欺まがいの行為を繰り返していたためだと思われた。凄子は、(転落人生だな、なまじ頭がいいばかりに、人をだまして楽して稼ごうとした罰だな)と思った。


 そしてその1年後、美崎が25歳の時、女子高生を標的にした『連続強姦強盗事件』を起こした。概要は平成23年5月、普段から狙っていた女子高生Aが帰宅途中ひとりになったところを狙って、背後から近づき後頭部を鈍器で殴って気絶させ、近くの廃屋に連れ込み無理やり乱暴したあとに、財布にあったわずかな金を奪って逃走したというものだった。

 そして翌日には女子高生B、その2日後には女子高生Cと、短期間にまったく同じ手口で犯行を繰り返した。

 当時、警察では手掛かりがまったくつかめていなかったため、美崎のことなど捜査対象になっていなかったが、たまたまパトロール中の警察官に美崎が職務質問された際、ヤツは面が割れたと早合点してあわてて逃走した。そのため警察は本腰を入れようとした矢先、美崎はひとりの男に付き添われて所轄の警察署に出頭してくる。

 そして取り調べになったが、その場に及ぶと美崎は終始意味不明なことを言い始め、突然泣き喚いたり笑い出したり暴れだしたりと、理解不能の言動を繰り返した。そしてそれは数日続く。

 最初は美崎の苦し紛れの芝居だと思っていた警察も検察も、あまりに常軌を逸した言動を目の当たりにしたため、ついには検察官の判断で精神科医による起訴前鑑定が実施される。

 その結果、美崎は心神喪失状態と診断され、この事件の容疑者として不起訴になった。やがて美崎は短期間の措置入院の後解放されて、現在は行方知れずのため現住所不明と締めくくられていた。リストをあらためて読み終えた凄子の胸に、黒い怒りが沸きあがった。


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