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怒髪冠を衝け!  作者: 村松康弘
18/40

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 凄子はデッドフラワーズの小窓を見据えながら、

 「よし、じゃあ後はあたしが張るから、お前は帰っていいぞ」

 と言うと佐々木は、キョトンとした表情で、え?と聞き返した。

 「こっから先は荒っぽいことになるかもしれねえし、…もし警察沙汰になったら、お前も面倒だろう?」

 振り返りながら凄子が言う。

 佐々木は沈黙のまましばらく凄子の目を見つめていた。やがて名残惜しそうな顔つきで、

 「そうですか、…姐さんがそう言うなら」

 と言った。本当は一緒に行動したいが、そうすることで警察沙汰になるのだけは勘弁、というのが本音なのだろう。佐々木は素直に従い、

 「じゃあ、姐さん、気をつけて」

 と言うと、一度頭を下げて去っていく。凄子はその淋しげな背中を見送った。


 しばらくするとデッドフラワーズのドアの磨りガラスに、おぼろげな人影が映った。凄子は人影が出てくる前に素早く動く。隣にある簡易郵便局の駐車場にすべりこみ、敷地境のブロック塀に身を隠す。塀のすぐ向こうに足音が聞こえ、人影はじきに歩道に出てきた。そのまま凄子のそばを横切っていく。

 その瞬間、ちらりと観察した男の風貌は、佐々木が言っていたように黒系の、多分アメリカの野球チームのキャップに、紺色のポロシャツだった。凄子は顔を見定めようとしたが、口元にはマスクをかけていたので、そこまでは判明しなかった。

 凄子は駐車場入り口あたりで男をやり過ごすと、20mばかり距離が開いたところで歩道に出て、あとを尾行けはじめた。足元は黒のショートブーツだが、靴裏には特殊なラバーを貼り付けているので、まったく音を立てることはない。

 先を行く男の手元をよく見ると小型で四角い物が握られていた、多分デジタルカメラだろう。男は急ぐわけでもなく、わりとゆっくりしたペースで歩いている。佐々木が言っていたように、やはり周囲を警戒している様子はなかった。

 凄子は男の背中を凝視しながら、(20歳から30歳の間ぐらいか)と推測する。そしてリストの顔写真たちを思い起こすが、該当する人物がいるか判断はつかなかった。

 しばらく歩道を歩いていた男は支道の分岐点で立ち止まり、少し考えているような素振りを見せると、そこを左に曲がる。

 凄子はドキッとした、その支道こそは凄子も佐々木も歩き慣れた『香音の通学路』だったからだ。凄子も左折すると、思い通りの展開になるかもしれないという期待で、胸がワクワクしてきた。左手のダイバーズウォッチを見る、午後10時近くになっていた。

 外灯や家屋の明かりは見えているが、人通りは途絶えている寂しい路地を、男と凄子は進んでいく。たまに微風が吹くと、男の方向から甘い匂いがしてきた。どんな種類のものかはわからないが、お香の匂いだろうということはわかった。

 古い民家が並ぶ狭い路地を抜けると、広い県道が目の前に見えてきて、時折スピードを上げた車が横切っていく。(さて、ヤツはここからどっちへ行くか)凄子は歩速を緩めて眺める。

 やがて男は案の定というか期待通りに県道を横断すると、まっすぐに進んでいった。…東郷のマンションまであといくらの距離もない地点だ。

 男が渡りきったのを見届けて、凄子も横切っていく。朝から夕方までは交通の激しい通りだが、この時間になると車もまばらなので余裕で渡れる。少し差がついた距離を縮めるように凄子は歩速をあげる。

 やがて男がマンション手前にあるコンビニの前で、立ち止まっているのが見えた。凄子からはその横顔が見え、なんとか表情というか顔つきを確かめたかったが、暗がりで距離もあり、おまけに目深にかぶったキャップとマスクのせいでやはり判明しなかった。

 男はゆっくりとコンビニに入っていった、凄子は足早にコンビニの駐車場に寄ると停まっている車の傍らに立ち、人待ち顔を作ってちらちらとコンビニの中を窺う。男は店内の真ん中の列あたりで下を向いて何かを物色しているようだが、凄子の位置からは手前の棚が邪魔で、何を探しているのかは見えない。店によって商品の陳列場所が違うので、それは想像もできなかった。

 凄子は意を決して自分も店内に入る、自動ドアが開き、いらっしゃいませと声をかけるカウンターの前を横切り、つきあたりの弁当コーナーを左に曲がって、キャップの男の後ろを回り込むように進む。店の一番 下手しもてになる飲み物の冷蔵コーナーのところで、男の方を向くと何か小さな商品を手に取ってカウンターに進んでいくところだった。

 精算している背中を眺めながら、男が立っていた売り場へ歩く。そこは筆記用具などが置いてあるところで、凄子は素早く棚にあるものを見回した。すぐに目についたのは、カッターナイフと果物ナイフだ。精算し終わった男が小さなビニール袋を手に持ち店を出て行く。

 凄子はそれを見届けるとあわただしくカウンターに寄り、不要レシート入れの一番上を見る。『クダモノナイフ』の文字が見えた。途端に頭に血が昇る。

 (野郎…)険悪な目つきに変わった凄子を怪訝な顔で店員が見ているが、お構いなしに店を出るとひと足先に出た男の行方を追う。駐車場を駆けると、男の姿はすぐに発見できた。東郷のマンションのエントランスの前に立ち、意味ありげに見つめていた。

 凄子は明かりに照らされない場所を小走りに駆け、最寄の電柱の陰に身を潜ませる。


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