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怒髪冠を衝け!  作者: 村松康弘
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 凄子は二日酔いの頭を押さえながら片目だけ開けて、テーブルの上の携帯を取り上げる。案の定発信者は『柴山』と表示されていた。

 チッ!と舌打ちをすると、一度切ろうとしたが(うーん…)と思い直して電話に出る。

 「おはよう、セイコちゃん!」

 案の定無駄に明るい柴山の決まり文句が聞こえてくると、途端に気分の悪さと吐き気がこみあげてきた。

 ――今朝、ベッドにたどり着いたのは5時をちょっと回っていたので3時間も寝ていない。おまけに調子に乗って、夜明け近くまでターキーをボトル1本分も飲んでしまったので、まだ半分酔ってる最中だ。

 「…ああ」

 と無愛想に返事をした。

 柴山は凄子の不機嫌な声を聞いても意に介した様子もなく、

 「なあに、またやっつけちゃったの?」

 と鼓膜に響く高らかな笑い声を上げた。凄子はますます気分が悪くなったが、早く会話を切り上げたいのでボサボサの頭髪をかき回しながら、

 「用件はなんだよ」

 と尋ねる。すると柴山は、

 「例の東郷さんの件、3日目になるけどどんな感じ?」

 と、それも凄子が予想した通りのことを聞いてきた。凄子は酒臭いあくびまじりのあやふやな言い方で、ゴウゾウに情報をもらったこと、香音と叶多と会い直接話を聞いたことを簡単に説明した。危険ドラッグ中毒の男と、ぼったくりバーの石橋をぶちのめしたことは、本件とは無関係なので言わずにおいた。

 柴山は、ふうんとか、なるほどねえと相槌を打っていたが、進捗状況をどう思っているのかはわからない。『愛想はいいが本心を晒すことがない男』凄子は柴山に対してそんな印象を持っている。そして凄子は思い出したように、

 「それから、とあるジジイをバイトとして使うことにしたから」

 と断った。途端に柴山は、

 「ジジイ?…大丈夫?その人は信用できる人なんだろうねえ?」

 と、いくらか杞憂する言い方になる。凄子は佐々木の『ムショ帰りの空き巣狙い常習犯』ということを伏せて、

 「素性も人格も立派な人物だよ」

 と答えた。柴山は少しの間沈黙したが、

 「ジジイなんて呼ぶ人間が?…まあセイコちゃんに任せてあるんだ、とにかくよろしく頼むよ」

 と言ったあと、

 「それからさ、東郷さんのご主人、東京に単身赴任中の弁護士さんなんだけどさ、どうもなかなかの人物らしいんだ。だからなんとか早目に決着つけてもらいたいんだよ」

 と、つけ加えた。柴山が一番伝えたかったことは、どうやらそのことらしい。

 凄子は『なかなかの人物』という言い回しを、『厄介な人物』というニュアンスに受け取った。わかったと答えると、

 「それとゴウゾウの情報料は、そっちで頼むぜ」

 と会話を締めくくった。


 ふらふらした足取りで洗面所に行き、顔を洗い歯を磨いていると、猛烈な吐き気がこみ上げてきた。ゲロゲロと吐き出すと昨夜食ったものが未消化のまま出てきた。吐き気は止まらずそのうち黄色い胆汁に変わり、最後に酸っぱい泡を吐き尽くした。凄子は袖で涙を拭うと、(凝りねえ人間だな、まったく)とため息をついた。

 ゆらゆらと応接のソファーに寝巻きのまま腰を下ろして、佐々木の番号を押した。(もし古女房が出ちまったら、なんとなく気まずいな)と思いながらコール音を聞いていたが、電話はつながらなかった。

 一度切ってタバコに火を点けると、もう一度かけてみる。が、コール音は鳴り続けるだけだった。(あのジジイ…)凄子は携帯をテーブルに放り出すと、湯を沸かしに腰を上げた。

 コーヒーカップに湯を注いでる時に電話が鳴る、佐々木からだった。

 「…おはようございます」

 佐々木の声に機嫌を伺うような響きが感じられる。

 「てめえ!いつでもつながるようにしとけって言っといたじゃねえか!」

 凄子はいきなり怒鳴りつけた、途端に二日酔いの頭痛に響いたのでトーンを落とす。

 「へえ、すんません、ちょっと出先だったもんで」

 怒鳴られたわりに、佐々木の声には爽快感というか上機嫌さがにじみ出ている。

 「出先?じゃあ今も用事の最中かよ?」

 凄子はインスタントコーヒーをすすりながら聞くと、

 「へえ、でももう用事は済みましたよ。…実はさっきピンサロに行ってたもんで」

 佐々木はそう言うと、クックッと笑い出した。

 聞いた途端、コーヒーを吹き出しそうになってむせた。

 「ピンサロ?こんな朝っぱらからか?」

 こんな早朝から営業している風俗店があることも知らなかったが、平日のこんな時間からピンサロに行く客の気持ちもわからなかった。

 「へえ、わりあいかわいい若えのに抜いてもらったもんで、おかげさまでさっぱりですよ」

 と佐々木は満足げに言った。凄子の頭に行為を思い出している佐々木の陶酔の表情が浮かんで、また吐き気がこみあげてきた。少しの沈黙のあと、

 「まあそれはてめえの勝手だが、…しかしジジイのくせして大した性欲だな、お前は」

 と呆れながらも自分の体調の悪さを比較して、佐々木の元気さを少しだけうらやましく思う。

 すると佐々木は調子づいて、

 「姐さん、あたしゃハゲ頭ですけど、根っからスケベであっちの方はちょっと自信ありましてね、こないだムショ出てきた日も…」

 と早口にしゃべり出したので、

 「わかったわかった、お前のそんなこたあどうでもいい!」

 と、佐々木の言葉を遮った。

 「それよか、今日から仕事だぞ」

 凄子が言うと、佐々木は途端に疲れたような声に変わり、へえ…と呟いた。


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