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凄子がVIP席に腰を下ろすと、リンリンが右側に座った。年齢は30代後半だろうか、細長い輪郭でアゴがなく、笑うと馬のようなしっかりした歯並びが見える。自分がオカマであることをカミングアウトして、この店のホステスになるまでは、木造大工をしていたと言っていた。
凄子はこの馬ヅラが、ニッカを穿いて狭い梁の上を渡り歩き、ハンマーを振っている姿が想像できなかった。おしぼりを差し出した指は、色こそ白いが極太で節くれだっていた。
左側にはランランが座る、こいつも30代のように見えた。リンリンとは対照的に大福のようにぼってりした顔と体つきだ。厚化粧で素顔はわからないが、青々としたヒゲの剃り跡はファンデーションの上からでもわかる。オカマバーに勤める前は、大手精密機械メーカーの人事部で係長の肩書きがあったらしい。どことは話さないが一流大学出身のようだ。
かつての同僚や部下が、現在の彼女というかオカマ姿を見たら、どう思うだろうかと凄子は思った。凄子がタバコをくわえると、あらびきソーセージのような太短い指でマッチの火を差し出してきた。
カウンターの方から黒服の背の高い男が、ワイルドターキーとアイスペール、ピッチャーを盆に載せて運んできた。この店の従業員やスタッフの中で唯一まともな人間に見える。ランランがダブルの水割りを作り、凄子の前に置くと、自分たち用のシングルの水割りも作った。それぞれがグラスを持つとリンリンが、
「凄子お姉さまとの再会を祝って、カンパーイ!」
とダミ声を上げた。
やがてクラッカーにトッピングを載せたものや、チーズやサラミの皿が運ばれてくる。それを豪快に口に放り込み、ターキーをガブ飲みする凄子に、
「お姉さまは今も、仕事人をされているの?」
とリンリンが尋ねてきた。凄子はボリボリと音を立ててクラッカーをほおばりながら、まあなと答えた。そしてここ1年ぐらいの仕事の内容を、当事者のプライバシーの侵害にならない程度に話して聞かせた。
オカマは会話上手というか聞き上手な人間が多い、特にこのふたりは店でもトップクラスの接客力の持ち主だろう。交互に凄子の話を引き出す、小一時間そんなやり取りをして、すっかりご機嫌になった凄子は、
「そういやさ、今抱えてる仕事はさ、ストーカー退治なんだよ。それも中学のかわいい娘っ子を狙ってる野郎をな」
と言って、空けたグラスをタンッと置いた。ランランはすかさずグラスを取り上げる。
聞いていたリンリンは馬のような草食系の歯をむき出して、
「ストーカー?こわーい!」
と震える真似をした。凄子は思わず吹き出した、
「大丈夫だよ、そのツラで夜道を歩きゃ、お前の方がよっぽど恐くてストーカーの方が逃げてくわ」
と言うと、ランランは大げさにゲラゲラ笑った。リンリンはランランを睨みながら半分本気で、
「ちょっとお姉さま、ひどーい!」
と、凄子の腕をつねる。
「そんでさ、腕利きの情報屋に『変質者・性犯罪者』のリストもらって、かたっぱしから調べてんだけど、今んとこつながるようなヤツはみつからねえんだよ」
と凄子が言うと、水割りを目の前に置いたランランが、変質者ねえ…と心当たりを探すような顔をした。
その仕草を見た凄子はまた吹き出した。
「お前らも変質者の一部だろうけど、リストには載ってなかったなあ」
と笑う。ランランは頬をふくらませて、
「まあ、失礼ね!お姉さまったら!…でも他には手掛かりはないの?」
と興味を持ったように身を乗り出してくる。
凄子は作ってもらったグラスをひと口飲むと、
「うーん、背の高い若い男、それと『お香』の匂いがした、ってことだけだな、今んとこ。…でもそれも娘っ子が見た一瞬の印象だし、ストーカーがお香の匂いの人物と完全に同一とも言えねえんだ」
と言うと、思わず頬杖をついた。
キープしていたターキーが空になった、リンリンは指を鳴らして黒服を呼び、新しいボトルを持ってこさせる。ランランは、お香の匂いかあと言うと、凄子の目を見つめて、
「あたしも好きだからたまに焚くんだけど、一緒に住んでるお母さんは、洋服とか髪の毛に匂いが染み付くから嫌って言うわ。…ストーカーは本人が好きでその匂いをさせてるのか、それとも他人の焚く巻き添えで匂いが染み付いてしまったのか、二通り考えられるわね」
と大福のような顔で真面目に言う。凄子は、なるほどなと唸り、
「大福、いやランランの言う通りだなあ」
と納得顔で天井を見上げる。
リンリンは凄子をひとりじめされて悔しくなり、
「さあさあ、お仕事の話はもうおしまいにしましょうよ」
と手を叩く。それからしばらくとりとめのない馬鹿話を続けていると、さすがの凄子もぐでんぐでんに酔ってきた。オカマのふたりは凄子につきあい相当飲んでるはずだが、酔ってる素振りは態度にも顔色にも微塵も見せなかった。もっとも厚化粧すぎて顔色は確認できるはずもないが。
午前4時、凄子は目がすわり呂律の回らない口で、そろそろ帰って寝るわあ、と腰を上げる。名残惜しそうなふたりのオカマに支えられて、マダムに勘定を払うと店を出る。ドアを開けたところでふたりのオカマから両頬にキスをされた。エレベーターを下りるとふらふら千鳥足でビルの外へ出て、誰にも盗まれていなかった自転車を起こした。
凄子はとても運転できる状態じゃないので、自転車を押して、というより自転車を支えに歩いて帰る。夜明け間近の空色を眺めて、(なんて長え一日だったんだろう)と大あくびをした。




