自問自答
月曜日の朝。私は自分の机に向かい、ノートの余白に丸を描いては消すを繰り返していた。
先週末の映画デートから三日が経った。あの時に感じた胸の高鳴りがまだ耳の奥で残響している。まるで風邪の前兆のような、不快感と期待感が混ざった奇妙な感覚。
(もしかして、私は…一ノ瀬汐恩のことが好きなのだろうか…)
自問自答。答えは出ない。
放課後、私は図書室に逃げ込んだ。かつての私——男として生きていた頃の私なら、こういう時は論理的に思考を整理したものだ。
感情に名前をつけ、分類し、対処法を決める。そうすれば混沌とした心の中に秩序が戻るはずだった。
ペンを走らせる。誰にも見せない日記。そこに私は自分の感情を吐き出した。
『一ノ瀬汐恩に対する感情について』
まず、事実を整理する。
彼に触れられた時、心拍数が上がる。彼が笑った時、視線が外せなくなる。彼が他の女子と話しているのを見ると、胸がざわつく。これらはすべて「恋愛感情」の典型的な症状として、少女漫画や恋愛小説で描写されるものだ。
ここまで書いて私はペンを止めた。
だが、これらは本当に「恋」なのか。
私はかつて男だった。男としての人生を生き、男としての価値観を持ち、男としての記憶がある。その私が男に惹かれる。これは恋愛感情ではなく、「共感」ではないか。
彼の無骨な優しさ、自分を犠牲にして周りを気遣う姿勢、不器用ながらも守ろうとする意志。それらはかつて私が目指していた「男らしさ」の理想像に近い。
つまり、私は彼に恋しているのではなく、彼の中に「かつての自分」を見ているだけではないか。
さらに言えばこの身体の生理的な反応だ。女性ホルモンの影響で、男性的な振る舞いに反応しやすくなっている。それは恋愛感情ではなく、生物学的な反射に過ぎない。
私は「好き」だと思い込んでいるだけで、実際には身体に騙されているだけだ。
そうだ。決定的な証拠がある。私は彼とキスをしたいと思ったことがない。手を繋いだ時、ドキドキした。腕を抱き寄せられた時、安心した。
だが、その先を想像したことはない。本当の恋なら相手との肌の触れ合いを求めるはずだ。
私は彼に「近づきたい」とは思うが「触れたい」とは思わない。これは恋愛ではなく、親愛の情の変形だ。
結論。
私は一ノ瀬汐恩のことが好きではない。
彼は偽装カップルの相手であり便宜上のパートナーだ。私が感じているのは孤独だった自分が初めて「理解者」を得たことへの感謝であり、男としての自分と女としての自分の狭間で揺れる混乱だ。
それを恋愛と勘違いしているだけだ。中身は男なのだから、男に恋するわけがない。
ペンを置く。綺麗に整えられた論理に、 私は安堵した。
そうだ、これでいい。これで、私は私でいられる。




