3話 相手はどんな人?
ジムの休憩スペースで、二人は並んで座っていた。汗を拭きながら、朱莉は静かに尋ねた。
朱莉「そういえば、相手はどんな人なの?」
緋奈子は少し目を伏せて、ゆっくりと話し始めた。
緋奈子「私的には、もう別れたつもりだったんです。
でも……うまくいかなくて」
彼女の声が少し震えた。
緋奈子「本当に、最低な奴です……」
緋奈子の瞳に、怒りと恐怖が交互に浮かんだ。
──数ヶ月前の記憶。
薄暗いワンルームで緋奈子は床にうずくまっていた。
緋奈子「ごめんなさい……私が悪いです。許してください……」
DV野郎「テメェのせいでまたスロット負けたんだよ!」
DV野郎「お前は存在自体が貧乏神なんだよ!!」
平手が飛んできて、頰が熱く腫れ上がる。
緋奈子「い……痛い……助けて……」
DV野郎「助けてじゃねーんだよ! 金出せよ、金!」
DV野郎「少し出してくれたら、もう二度と殴らないし、お前の前に現れないからよ!」
緋奈子「その言葉……信じていいの……?」
DV野郎「おう!」
しかし、約束はすぐに破られた。
別の日、再びアパートのドアが乱暴に叩かれた。
DV野郎「おう。また負けたんだよ。少し恵んでくれよ、女神さま!」
緋奈子「嫌です! それに……私の前に二度と現れないって、言いましたよね?」
DV野郎「付き合ってた仲だろ!少しぐらい出せよ!」
緋奈子「もう、あなたのことは知りません……」
DV野郎「てめぇ、生意気なんだよ!!」
再び暴力が降りかかり、緋奈子は声を殺して耐えるしかなかった。
回想から戻ると、緋奈子は拳を強く握りしめていた。
緋奈子「彼は今でも時々私の前に現れて、お金を渡さないと殴るんです……。少しでも渡すと落ち着くけど、またすぐなくなって……同じことを繰り返すんです」
朱莉「重度のクズ野郎だな……。お金を巻き上げるなんて、ただの犯罪だよ」
緋奈子「元々は職場の先輩と後輩で……。私も一生懸命働いていたんですけど、彼のことがあって職場に居づらくなって……結局、辞めてしまいました」
朱莉「仕事まで奪ったってことか……。本当に許せない」
緋奈子の目が、初めて強く光った。
緋奈子「私、強くなりたいんです。朱莉さんみたいに……悪い奴はコテンパンにやっつけたい!」
緋奈子「このジムに入ったのも、最初からあいつをやっつけるためだったんです!」
朱莉は静かに頷き、緋奈子の肩に手を置いた。
朱莉「うん、すごく共感するよ。私も同じだったから」
緋奈子「朱莉さんの話を聞いたら……私もやっつけたい気持ちが、maxになりました!」
朱莉「今から二人で奴を絞めに行く?」
緋奈子「それもいいですね……! ただ」
緋奈子は少し迷った後、はっきりと言った。
緋奈子「あいつは、もっと鍛えてから……私自身の手で、しっかり始末したいんです。もう少し鍛えれば、きっと勝てると思うので……」
彼女の声には、初めて本気の覚悟が宿っていた。
緋奈子「お時間がある時に、一緒にトレーニングを手伝ってくれると嬉しいです!」
朱莉「もちろん。緋奈子さんの気持ち、しっかり伝わったよ。一緒に頑張ろう」
緋奈子「はい!」
緋奈子は少し照れくさそうに微笑みながら、続けた。
緋奈子「今がちょうど秋なので……2ヶ月後のクリスマスを、あいつのエックスデーにします!」
朱莉「聖夜決戦か。いいね、なかなか気が利いてる」
緋奈子「はい。クリスマスの日に、ボッコボッコにしちゃいます!」
緋奈子の瞳に、恐怖を乗り越えた強い光が宿っていた。
緋奈子「やっつける計画を立てると、急にモチベーションが上がってきました!」
朱莉「よし! じゃあ早速、一緒にトレーニング頑張ろうか」
緋奈子「はい!」
二人は再びリングへと向かった。
朱莉の深紅のグローブと、緋奈子の鮮やかな青のグローブが並ぶ。
サンドバッグを打つ音が、今日も力強くジムに響き始めた。
クリスマスまであと二ヶ月。
緋奈子は自分の手で、長い間苦しめられてきた男に決着をつけるつもりだった。
朱莉は静かに微笑みながら、心の中で思った。
(緋奈子……あなたなら、きっとできる。私が全力で支えるから)
二人のトレーニングは、その日から本格的に始まった。




