第5話: 夜のパトロール
ある晩、僕は布団に入って、ようやく一息ついた。最近、学校のことやルナの「お世話」で何
かと疲れていたから、今日はぐっすり眠れそうだな―― なんて思っていた。
けれども、そう甘くはなかった。
部屋のドアがカタカタと音を立てたかと思うと、無言で入ってきたのは、もちろんルナだっ
た。真っ暗な中、無表情でドアの向こうからスッと入ってきた彼女の姿に、僕は一瞬ゾッとし
た。
「…… なんだ、ルナか…… 」
「ご主人様、今日も安全をお守りいたします。」
無表情のままそう言う彼女に、僕は安心…… できるわけがない。彼女が無表情で「安全を守
る」と言ってきたときの後に続くのは、いつも何かしらのトラブルだ。
「いや、守らなくても大丈夫だから。寝てるだけだし、何も問題ないよ。」
僕はすぐに彼女を制止しようとした。寝るだけなんだから、特別に守ってもらう必要はない。
けれど、ルナは一切引き下がらなかった。
「ご主人様の安全を確保することが、私の最優先任務です。夜間における危機管理は重要で
す。」
そう言うと、彼女は部屋を見回し始めた。無言でじっと窓を見つめ、カーテンをさっと開け閉
めし、まるで不審者がいないかチェックしているかのようだ。
「ちょっと待て!本当に必要ないから!俺、寝たいだけなんだよ!」
僕が慌てて止めようとするも、ルナは聞き入れない。淡々と「パトロール」を続けている。窓
の施錠を確認した後、彼女はドアを開け閉めし、次は机の上の物を確認し始めた。
しばらくして、ようやく部屋のパトロールが終わったかと思うと、今度は廊下へと出て行った。
「…… やっと静かになったか…… 」
僕はホッとして布団に潜り込んだ。これでやっと眠れる。けれども、その静寂は長くは続かな
かった。
バタン―― 。
今度は廊下から、妙な音が響いてきた。僕は耳を澄ませた。ルナがまた何かしているのだろう
か。気になりながらも、眠気に勝てずそのまま目を閉じようとしたが、音は止まることなく続
いていた。
バタン、バタン…… 。
何かが開閉する音が定期的に鳴り響いている。僕は耐えきれず、布団を蹴飛ばして起き上が
り、廊下に向かった。
「何してるんだよ…… 」
廊下に出てみると、ルナがドアをひたすら開けたり閉めたりしていた。玄関のドアをチェック
し、次はリビングのドア、そして僕の部屋のドアまで。
「ルナ!それ、何の意味があるんだよ!」
僕が声を張り上げても、ルナは淡々とした表情のまま答える。
「ご主人様の安全を確保するため、全てのドアと窓の施錠状況を確認しています。」
「いや、そんなに何回も確認する必要ないって!もう全部閉まってるから!」
僕は頭を抱えながら訴えたが、ルナは全く聞き入れない。彼女は「正しい」と思っている行動
を機械的に続けている。
その後も、ルナは家中を巡回し続けた。玄関、窓、リビング、キッチン…… 彼女は一切の手を抜
かず、全ての場所を細かく確認して回っている。まるで不審者でも探しているかのような動き
だ。
「俺が不審者に襲われる確率なんて、ほぼゼロだろ…… 」
僕は自分でそうつぶやきながら、何とか彼女を止めようとしたが、結果は同じだった。ルナの
行動は全く止まらない。彼女にとってはこれが「最適な行動」なのだろう。僕にとっては単な
る迷惑でしかないのに。
気がつけば、時計は夜中の2時を過ぎていた。ルナがドアを開閉する音と、足音がひたすら響
き続けているせいで、僕は全く眠れない。
「…… もう、勘弁してくれよ…… 」
布団の中で、僕は寝返りを打ちながらぼやいた。ルナの無表情な行動が、逆に怖さすら感じさ
せる。彼女に感情がないのは分かっているが、それでもやっぱり、ずっと見張られているよう
な気分になる。
「ご主人様、全ての安全が確認されました。」
ようやく、ルナが部屋に戻ってきた。そして、僕に向かって淡々と報告する。
「危険はありません。安心してお休みください。」
いや、全然安心できないんだよ…… 。僕は頭の中でそう叫びながら、ようやく再び布団に潜り
込んだ。しかし、時計はすでに朝方に近い時間を指していた。
翌朝、僕は目覚まし時計が鳴る前に目を覚ました。いや、正確には目を覚ましたというより、
ほとんど寝ていなかった。昨夜のルナのパトロールのせいで、一睡もできなかったのだ。
「…… 最悪だ…… 」
目の下にはクマができ、体は重い。朝食を食べる気力すらなく、ただ学校に行く準備をするだ
けで精一杯だった。
「ご主人様、おはようございます。昨夜は安全にお過ごしいただけましたか?」
リビングに現れたルナが、いつものように無表情で挨拶をしてきた。僕はため息をつきながら
返事をした。
「いや、全然…… 逆に眠れなかったよ…… 」
「それは安心しました。ご主人様の安全が第一ですので、問題ありません。」
「いや、そこが問題なんだって…… 」
僕は疲れ切った顔でルナを見つめたが、彼女は依然として無表情のまま、何事もなかったかの
ように朝の準備を進めている。どうやら、彼女には僕の言葉が届いていないらしい。
こうして、ルナの「お世話」が僕の生活にさらに深く食い込んでいく。彼女の行動は確かに「正
しい」かもしれないが、それが僕にとってはどうにも困ることばかりだ。
「…… 次は、何をしてくるんだろう…… 」
僕は再びため息をつきながら、学校へと向かう準備をしていた。




