逆境
初回は三人で終わった。
悟が三振し、二番打者は出たが三番打者がゲッツー。
一ノ瀬まで打順は回らなかった。
一ノ瀬の気迫が普段とは違っている。
ネクストバッターズサークルに入る彼の背を見てそう思った。
いや、この場にいる全員がそうだ。
日本シリーズ出場権を争って戦っている。
ピッチャーマウンドへ向かう投手の肩を叩いた。
「気合、入れ直しましょ。貴方の球なら抑えれる」
ピッチャーは一つ頷いた。
二回の表は三者三振。
二回の裏に向かい、一ノ瀬に打席が回る。
一ノ瀬は四球で出塁。
三神勝負となった。
(さて、責任が重いな)
一球目は外れたストレート。
(……四球で良いと思って攻められてる、な)
阪神ほど層が厚くない我がチーム。
下位打線に移れば得点確率が下がる。
二球目もボール。
手を出せばゴロだっただろう。
どうする、粘るか。
自分で二点を叩き込む。
そのエゴがあるか。
なかった。
打てるような球はなく、三神は進塁した。
そして、その判断が、試合を左右した。
+++
そこから、互いに点を与えぬ試合展開。
七回で投手の打席に代打の古賀がホームランを打った。
「DH制になったらスタメン確実だな、あいつ」
一ノ瀬が無表情に言う。
義足の古賀は動きの激しいポジションの守備には向いていない。
だが、このチームの一塁には不動の四番一ノ瀬がいる。
古賀の才能は誰もが認めるところだが、そういうことが、プロ野球にはある。
古賀がそのうち信頼を勝ち取っていけば、また変わるかも知れない。
そして、三神はその試合最後の打席に立った。
古賀がホームランを打って一点差。
自分が打てば逆転だ。
そこでツーボールツーストライクの並行カウント。
次に空振れば終わりだ。
際どい球が来る。
普段の自分なら振っていただろう。
振らなかった。
ボールのカウントがされる。
そこで、違和感に気づいた。
なにか、おかしい。
手が汗ばんでいる。
(緊張している……?)
そんな、自分の心理に気づいた。
今まで、気楽な七番打者だった。
しかし、今は五番。ランナーを返す試合を左右する役割だ。
自分の打席次第で、この歓声も、テレビ越しに見てくれているファンも、仲間達も、皆が今年を終える?
その責任が、今更になってずわっと伸し掛かってきた。
今までだって、甲子園で地元の声に背を押されて戦ってきた。
けど、その時は、最初から応援してくれる味方というのは本当に少なかった。
しかし今は、何年も何年も応援してくれていたファンが何千何万と。
(……あ)
自分の内に意識をやっている内に、体に染み付いた動きで四球を選んでいた。
一試合目のDeNAの攻撃は、そこまでだった。
「どうした」
一ノ瀬が淡々と言う。
「いつもは生意気で自信満々なお前から、覇気が消えているぞ」
「……いえ、大丈夫です。立て直せる、はずだ」
そう言って、三神はその場を後にした。
「古賀さんー!」
どちらかと言うと一匹狼な古賀が、戸惑うように振り返る。
「……なんだ?」
「飲みません?」
古賀は鳩が豆鉄砲を食らったような表情になった。
つづく




