その百十九 本懐
「クル……君は失敗作だ」
バンフラが呆れたように告げる。
彼の前にはボロボロになったクルが地に伏していた。
「魔力は平均よりも少し多いくらい。しかも内包式は使い物にならないときたもんだ」
「師、匠……」
「君の褒められる所は、異常なまでの知識欲くらいなもんだよホント」
「クルさんを悪く言わないでください!」
「るさいなあ……捕縛しろとは言われてるけど形白程度、ここで殺しても構わないんだよ?」
「っ!_______________師匠と言えどそれは、させません!」
瞬間、立ち上がろうとするクルの手に光の矢が突き刺さる。
痛みに声を押し殺す弟子に向かってバンフラは鼻を鳴らした。
「今までバカが付くほど従順だったから良かったけどさ。こんな勝手やられてたら流石の僕も見逃せないんだよね」
「言いつけを破って勝手に図書館を出たのは謝ります……でも、僕だってやりたいことの一つや二つあるんです!」
「君のやるべきことは「王都を守る」と「魔術士の位として恥じない行いをする」の2つのみだ。それ以外は教えてないだろ?」
「やるべきじゃありません!やりたいことです!」
「変わんないよ。特に僕達にはさ」
バンフラが指を鳴らすと、刺さった光の矢の光度は増しクルの痛覚を苦しく締めつけ始めた。
「あ、あああああぁぁぁ!!」
「クルさんっ!!」
「分かんないな。僕の言うことを聞いてれば楽な生活出来るってのに、なんであんなゲテモノ共と一緒にいるんだい?」
「ゲテモノじゃ、ありません……ボクの友達です!」
「と、も、だ、ちって!はっ!僕の1番嫌いな言葉じゃないか。どこでそんなの覚えたんだい?」
「ちょっと前までは、理解もできませんでした。でも本を読んで、直接触れて、最近ようやくその意味が理解出来たんです……」
「最近か……そりゃそうだ。周りに人はいたけど、君は生まれてからずっと孤独だった。だから僕は君を選んだんだ」
「友達とは、喜びや悲しみを_______________」
「いいよそういう講釈は」
バンフラは言葉を遮るようにクルを蹴り上げた。
「共に喜び?とか悲しみ?を分かち合って、支え合って生きていく者なんだろ?知ってる知ってる、僕にもいたからねそういうの」
彼は何かを思い出して、忌々しそうな顔をしていた。
「知ってるかクル。そいつら最終的にはどっかに消えるんだぜ?」
「消える……?」
「死ぬまで一緒ではないってことさ。知識や技術みたいに、一生そばに付いてくれるもんじゃない……そんなものに意味なんてあるかな?」
「そんな、考え方……寂しいですよ。師匠」
「寂しい……って、なんだい?君にはそんなの教えてないぞ」
「それも、僕自身が覚えたんですっ!!」
矢を引き抜いたクルの手元が、淡く光り出す。
血文字で書かれた術式が発現した瞬間であった。
「陣での魔術、なるほどね」
出現した炎弾がバンフラの頭上目掛けて降下した。
ド ガ ァ ン
炎が爆発すると、辺りは煙幕が立ち込めた。
描いた陣による発動に詠唱魔術ほどの威力はない。
それで仕留めは出来なくとも、虚は突けたはず。
だが、それは常人相手に想定した場合である。
「考えたね。でも僕にはその程度じゃ通じない」
「っ、花から滴る劇毒は、その大地の乾かしすら潤し______________!」
「ああ、それね……ちょっとめんどくさい魔術だ」
「魔の沼へと全てを埋める!」
背後に出現した毒の鎌同士がぶつかり合う。
数秒の時間を稼いでようやっと互角になる状況にクルは歯噛みした。
内包式「芽生え」
詠唱魔術で必要となる詠唱、つまり妖精との対話の工程を無視して魔術を発動できる力である。
本人曰く、思念で妖精と対話しているとのことだが、彼以外では理解のしようがないことだった。
「面倒だよね。妖精の言語なら1秒も満たないものが、人間の言葉にするとまあ長ったらしくなるもんだ」
「秋昴……走る、突風は……っ!」
微かに漂った毒の影響か、クルの息継ぎが少し詰まった。
その些細な躓きさえも今の状況では命取りとだった。
「はぁ……」
容易く発動、そして発現。
バンフラの立つ方向から吹く一陣の風が、停滞している毒の空気をクルへと流し込んだ。
「彼の……ゴホッ、ゥ、ア゛、ァァ!」
「まともに吸ったかな。これで詠唱なんてそうそう出来ないよ」
「ァ、えゥ、アァ……!」
呼吸をしようとする喉を、焼くような痛みが邪魔すふ。
術によっての毒を吸えばどうなるかは、術者がよく分かっている。
声を発せれるとしても精々一詠唱くらい。
それでは戦況が覆せやしない。
「_______________っ!!」
それでもクルは距離を詰めるべく走り出した。
ある一縷の望みを抱いて。
「次の弟子には、余計な情報は与えないようにしないと……今回で知識は多いほど良いのではないと分かったからね」
一直線に走るクルに容赦なく大量の火炎が襲いかかる。
クルは身をよじりながら走ったが、無作為に飛んだ中の一つが肩へと命中した。
「ッ!!」
「次の子にはより強い孤独が必要だ。些細な出会いも許さない……それで次こそ絶対的な魔術士の位を育て上げよう」
氷柱の雨がクルの道を阻む。
数弾の氷の針が手足を穿ったが、なおもクルは走った。
「洗練された知識。完璧な孤独。これこそが、真なる魔術士の位を生み出すはずだよ」
違う!!
下る電撃にその身を焦がしながら、クルは心で叫んだ。
絶対なんてない。完璧なんてない。
あらゆる失敗の可能性をその目で見てこそ、人は次の段階へと進める。
言われたことをするだけの選択が全て正解なわけない。
本と友達から学んだボクはそれを知っている。
「だから、君は用済みだ」
数歩先。
近距離でバンフラはクルへと指を向けた。
「クルさん、負けないで!!」
「_______________カ゛ン゛ハ゛ル゛!!」
友の声援に、クルは無理に応えた。
その様子をバンフラはほくそ笑んで見ていた。
バンフラはまだ魔術を唱えていない。
クルの最後の手を見てから対応するつもりだったからだ。
今のクルに出来ることなど、一つ詠唱魔術を唱えるくらい。
唱えようとした瞬間に、魔術ごと無効化するような対応をしてやればいい。
その刹那。
「うあっ!な、なんだなんだ!!」
突如、檻の中から発せられた光。
マイン・セイヴハートの仕業だ。
一瞬の動揺。潰された視界。
それらを加味してもなお、バンフラには余裕があった。
「ふふ、詠唱は耳でも聞けるからな……!!」
詠唱しようと声を発した時、それが君の最後だ_______________
「クル、さん……?」
バンフラの見えていない景色。
マインには見えていた。
目を鋭く見開き、かつてないほど集中している1人の少年の姿を。
「◼◼◼◼◼◼」
「_______________これは」
1秒にも満たない何かの音。
それはクルが独自に発見した、妖精の言語であった。
そう、これならば1秒の暇すら介さず、詠唱魔術は発現する。
「何故、君がそんな」
光が戻ったバンブラの視界に映るは。
鼻から垂れる血。それを気にも留めず、ただ自分を見ている弟子の姿であった。
ボクは天才ですから。
そう言ったように見えたのを最後に、バンフラの視界は爆炎によって埋め尽くされた。




