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その百十八 師弟

 

 ボクの人生はとてもつまらないものでした。

 物心ついた時には両親と呼べる存在はそばにおらず、幼児期までは孤児院での生活がほとんどです。


 生まれつき体が弱かったボクは周りが手伝っていた力仕事も出来なかったし、遊びにも参加出来ませんでした。

 来る日も来る日もよく分からない神に祈って、たまによく分からない聖書を読む。

 実になんの実りもない生活です。


 そんな中でも、唯一の娯楽が読書でした。

 修道士様がたまに持って来てくれる本。

 伝記だったり、図鑑だったり、空想を描いた小説だったりと種類は不揃いでしたが、ボクは選り好みすることなく全て読んでいました。


「クルは本を読むのが好きだから、学者様を目指せるかもねぇ」


「学者……それなら、クルもみんなの役に立てますか?」


「ええ、もちろん」


 ボクでも誰かの役に立てる。

 趣味だった読書はいつしかボクの生き甲斐になっていました。


「ごめんください」


 7歳くらいの頃。

 まだ20歳にも満たないような青年が、孤児を1人引き取りたいと尋ねてきました。


「できれば頭のいい、要領のいいのを引き取りたいのですが」


「頭がいい……この中じゃクルが1番かしらね」


「え、クルが?」


 こうして当時7歳だったボクは引き取られました。

 引き取った青年の名はバンフラ・レーリー

 当時は「魔術士の位(マジシャン)」と呼ばれている、凄腕の学生さんでした。

 なんでも後継者を育てるため引き取ったそうな。


「後継者、クルになれるんですか」


五聖(グローリー)の中でも魔術士の位(マジシャン)は就任制だ。僕が後継者と認めれば誰でもなれる」


「でも、クルは学校にも行ったことがないし、魔術も使えません。それに、貴方のこともよく知りません」


「……君、自分のことを名前で呼ぶのはやめた方が良い。幼稚なイメージだと周りからナメられやすい」


「え、はい……あの、ボ、ボク?はそういう常識も教えて貰わないと分からないんです……めんどくさいヤツだと思います」


「気にするな。常識なんて、周りの目なんて気にするだけ無駄さ」


 そう言って俯くボクを軽く叩きながら、抑揚のない言葉で続けました。


「君は僕が見初めた男だ。とどのつまり天才なんだよ」


「天才……クルが?」


「そう。それも超がつくほどの天才さ。周りが何を言おうと、この肩書きさえあれば無視したっていい」


「……クルは本ばかり読んでいても、いいんですか」


「師匠たる僕がそれを許せばいい。その代わり君には魔術士の位(マジシャン)となるに相応しい存在を目指して欲しい。いいかな?」


「_______________はい!師匠!」


 初めて誰かに必要とされた。

 嬉しくなったボクは師匠のために努力しました。

 本を読み、魔術を学び、魔術士の位(マジシャン)となるために頑張りました。


「師匠みてみて!筆記のテストで満点取ったんですよ!」


「そう……でもそんなこと一々報告しなくてもいいよ」


「……ごめんなさい」


 天才という肩書きを信じて。

 師匠の期待に応えるために、ほとんどの時間を費やしました。


「師匠見てください!学校でも習ってない魔術を独学で、完璧に成功させましたよ!」


「大した魔術じゃないよ。そんなこと僕に言う暇があるなら、渡した本でも読み込んでおきなさい」


「……はい」


 望んだものは師匠がなんでも与えてくれました。

 学年の進級だろうと、図書館の管理権限だろうと何でも。

 でも、今でも師匠が与えてくれないものが一つだけあります。


「師匠。就任の日ですけど……式をやるとか何とか、王様が」


「断っといて。それと、五聖(グローリー)だって周りには言いふらさないでね。君が魔術士の位(マジシャン)とか、僕が恥ずかしいから」


「……はい」


 師匠からの賞賛。

 それは魔術士の位(マジシャン)になった今でも貰えていません。


 図書館に篭りきりの日々。

 痛みと熱を伴わない学びだけの、無味無臭の日々。

 その生活にボクと師匠以外の人間は存在しませんでした。


 ある日までは。


 〜〜〜〜〜〜


 霧に包まれた王都の中。

 ある片隅で高度な魔術による攻防が繰り広げられていた。


「拡散する赤青の粒子。深緑は、歌うように茂る大樹の猛攻!」


「ふぅ……なんだそれ。長い詠唱だな」


 ド ゴ ォ ン !!


 全く同じ術のぶつかり合い。

 起こる2つの事象に差異はない。

 だが、片方の展開される速度が、もう片方を圧倒的に上回っていた。


「目覚めろ、圧殺の豪炎が今_______________!」


「遅いよ」


 言い切られるよりも早く、一帯を塗り潰すような爆炎が小さな影を呑み込んだ。


「っ、クルさん!!」


 数秒後、炎の中から飛び出した影にマイン・セイヴハートは声を投げる。

 マインのその身は魔導器による光の檻に閉じ込められていた。


「おいおい、他人の心配より自分の心配した方が良いよ。お人形さん」


 檻に手を置きながらバンフラ・レーリーは面倒くさそうに呟いた。


「貴方こそ!クルさんがあんなに傷ついてて、心配ではないんですか!」


「傷ついてって……僕がやってることだし」


「クルさんは大事な弟子なんでしょう?あんなにして、心は痛まないんですか!」


「だからこそだよ。勝手に世を乱す迷惑な弟子はさあ、師匠である僕がきっちり処理しないと」


 なんの感慨も湧いてない。

 そんな顔でバンフラは炎の燻る先を見た。

 煙の中より現れるのは1人の少年。


「師匠……!ミーちゃんを、離してください!!」


「やだよ」


 焦りと余裕。

 対照的な両者から放たれた魔術はまたもや霧中で交差した。


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