14.すべてがFになる
最終話です。よろしくお願いいたします。
夏の日差しがあまりにも眩しいので、ユーディトは緩やかにカーテンを閉めた。部屋の中には、朝摘んだばかりのユリが艶やかに咲き誇っている。ユーディトは花瓶から一輪とって、その香りを堪能した。
大輪の美しいユリの花は、まるでユーディトのようだとよく褒めそやされる。ーーユリですって?ユーディトはその褒め言葉を聞くたびに、大笑いしたくなる。
ーー私のような花なんて、トリカブトよ。
内面の毒に気付かないなんて、ダメな男たちばかりだわ、とユーディトは鼻で笑っていた。
可愛いウサギちゃんの男は、どうなのかしらね。私が見極めてあげなくては。ユーディトはユリの花を花瓶に戻して、席に着いた。
今日も暑くなりそうだ、と肘掛け椅子に座って紅茶を堪能する。ユーディトが優雅な一時を過ごしていると、侍女が訪問者の来訪を告げ、1人の男が入室した。
「ご命令の遂行が完了致しました」
「ご苦労様」
男に見向きもせず、ユーディトはねぎらいの言葉をかける。男も平坦な声で淡々と報告を始めた。それを全て聞き終えたところで、ユーディトは満足そうに頷く。
「生家に、まだ私の影響力は残っているようね」
「もちろんでございます、姫」
「そうね。……下がっていいわ」
男は一礼して消える。入った扉から出れば良いのに、とユーディトは思った。
今日は朝から慌ただしい音が響いてるな、とヒルデガルドは窓の外を眺めた。大勢の兵士が走っている。暑いのに甲冑着こんで大変だな、どこへ行くんだろう?と首を傾げた。
「捕り物ですかね~」
「もうすぐ世話役選定だというのに、不穏ですね」
食後の紅茶を給仕しながら、エルマとヤンが言った。ヒルデガルドは兵士を見つめ、故郷を思い出す。
「結局、メルゼブルクの件は、殿下にお任せしてしまったわね」
「お嬢様の作戦通りでしたね~」
「世話役まで選ばれそうですしね。出発した時から、ここまでの環境変化。全く予測できませんでしたよ」
「手違いや間違いじゃないと良いけれど」
殿下に見初められるとか、夢や幻なのではないかとヒルデガルドは思う。どう考えたって、こんなガサツで破天荒で快楽的な女が世話役に選ばれるのは、怪奇現象だ。
「第1王子の趣味が悪くて良かったですね」
「スタイル抜群で良かったですね~」
「悪口!」
今日も侍従たちは絶好調だ。こんちくしょう。
「あとは、世話役になった場合の、兄上様への言い訳を考えておいて下さいね」
「お兄様に?」
「ああ、確かに~。戦が終わるまでに用意しておいて下さいね~」
「言い訳?何で?どんなものよ、それ。“エルマとヤンにそそのかされて”、とか?」
「「絶対やめてください殺されます!」」
エルマとヤンが顔を青くして怒鳴る。ヒルデガルドは驚いて思わず頷いた。
「…お嬢様、絶対に世話役になりましょう!」
「ですね~。もうメルゼブルクに帰るのが怖くなりました~。第1王子と幸せになって下さいね~」
「あ、うん」
何だかわからないが、二人は応援してくれているのだ、とヒルデガルドは都合の良い解釈をして喜んだ。
ーー世話役かぁ…。
あの真面目で優しい第1王子を思い浮かべ、ヒルデガルドは胸を温かくするのであった。
◇
その日は空さえ雲で覆われていた、と後に関係者は語る。
暑いこの月には珍しく、一面の雲が作った影により部屋の中は涼しいけれど昼でも暗い。暗雲が立ち込めていることを、暗示させるような天気だった。
ヒルデガルドは選定期限日である今日を特に意識せず、いつも通りに起き、食し、着替える。ーーただし、衣装はユリウスから指示されていた。髪飾りから靴に至るまで、今日この日のために用意された新品の数々。ヒルデガルドは己を『ユリウス色』に染め上げて、赤絨毯の敷かれた廊下をゆっくりと歩いた。
謁見の間では、国王と二王子、宰相、執務官と6人の令嬢が並んだ。天井が高く、蔦をかたどった意匠が美しい大理石に囲まれた部屋で、国王のテノールが大きく響いた。
「この3ヶ月、皆大変ご苦労であった。これにて、第1王子と第2王子の世話役を選定する」
感情も抑揚もない声だった。ただ義務的に選定しているに過ぎない、と思わせるような、国王の宣言。国王には賛成も反対もないのだ、とヒルデガルドは悟る。ーーどうでもいいのだ。彼にとっては。
「第1王子、ユリウス」
「はっ!」
「そなたは、誰を選定するか」
「はい。私の世話役は、メルゼブルク辺境伯令嬢ヒルデガルド嬢です」
ユリウスはそう宣言して、ヒルデガルドの前に立つ。ヒルデガルドの手に口づけすると、ニコリと微笑んで、返事を促す。
「謹んでお受け致します、殿下」
ヒルデガルドが完璧なお辞儀をして答えた。あとは、国王と宰相の認可だ。
ユリウスはヒルデガルドの手を握ったまま、ゆっくりと宰相を見つめた。ユリウスの青い瞳が冷たく光る。宰相は長いまばたきを一つして、頷いた。
宰相はヒルデガルドの前に立ち、膝を折ってヒルデガルドのドレスの裾にキスをし、寿いだ。
「ヒルデガルド嬢に祝福を」
宰相が認めた!と部屋にいる者たちは一斉に国王を仰ぎ見る。
「よかろう。ヒルデガルド・フォン・アスカーニエンをユリウスの世話役とする」
わっ!と声が上がる。ユリウスとヒルデガルドは国王の前に立ち、お辞儀をした。
第1王子の世話役が決定した。次は第2王子だ。全員が声を収め、国王の問いを待つ。
「第2王子、クリストフ」
「はい」
「そなたは、誰を選定するか」
「…オストマルク辺境伯令嬢カタリーナ嬢を」
名前を呼ばれ、驚いたオストマルク辺境伯令嬢の身体が跳ねる。驚きの顔が喜びに変わる瞬間、ユリウスが発言する。
「国王陛下、今少しよろしいでしょうか」
国王はチラリとクリストフを見て確認する。クリストフは頷いて、先を促した。
「認めよう」
「ありがとうございます。オストマルク辺境伯には、これまでのメルゼブルク辺境伯領への救援派遣に対する横領の疑惑がございます」
「…ほう」
「先日、その横領を現地にて目撃、犯人を確保しております」
ユリウスはここで待たせておいた秘書官を手招きし、書簡を受け取る。
「犯人を問い糾し、またオストマルク辺境伯へ事態について糾弾したところ、両者は“部下が勝手に行動した”との回答で一致しております」
「…それで」
「管理不行き届きの罪で、オストマルク辺境伯の処罰をお願いいたします」
「…考えておこう」
ユリウスはチラリと伯爵令嬢を見る。顔面蒼白、全身は震え、立っているのがやっとの状態だった。
「それに加えて、伯爵令嬢はヒルデガルド嬢への嫌がらせを行いました」
ビクッと大きく伯爵令嬢の身体が揺れた。俯いて、ただ身体を震わせている。
「…そうなのかい?カタリーナ嬢」
優しくクリストフが尋ねる。伯爵令嬢は、はいともいいえとも言わない。
フーッと長いため息をついて、クリストフは断罪した。
「無言は、肯定と見なすよ。残念だけれど、私の世話役には相応しくないようだね」
「あ…あ…」
少しも残念ではなさそうに、クリストフは宣告すると、うめき声を上げて伯爵令嬢は崩れ落ちた。
結局、第2王子は選定なしとなり、3ヶ月に渡った世話役選考会は終了する。関係者が次々と引き上げる中、クリストフは去り際、ユリウスに「借り1つだね」とささやいた。
誰もいなくなった謁見の間で、ユリウスはヒルデガルドに問いかけた。
「君は、今日から私の世話役だ。覚悟は出来てる?」
「はい、殿下。世話役になれて、とても嬉しいです」
「ほ、本当?!」
ユリウスは喜びのあまり、目いっぱいヒルデガルドを抱きしめる。ヒルデガルドもそっとユリウスの背に手を回した。
「ユリウス様…。メルゼブルクのこと、本当にありがとうございました。戦まで終了させてくれて…。感謝しかありません」
終戦させたのはユリウスではなかったが、ユリウスはしれーっと手柄を横取りして言った。
「好きな人の役に立てれば、私はそれで嬉しい」
「ユリウス様…。私、全然至らない女ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
「こちらこそ、ヒルダ。愛しているよ…」
ユリウスはヒルデガルドの頤を持ち上げ、優しいキスをおくって囁く。
「君が一番大切なのは誰…?」
「それはもちろん、ユー」
「ん?」
「ユリウス様ですわ」
「いま、ユーディトと言いかけなかったか?!」
まったくヒルダは!と言ってユリウスは思いっきり抱きしめる。「ギブ、ギブ!」とユリウスの腕の中でうーうー唸りながら、ヒルデガルドはタップした。
これは、天然娘の幸せになる話。
◇
波瀾に満ちた世話役選考会が無事終了した。
曇天で薄暗く人気のない廊下を、コツコツ靴音を鳴らして男がゆっくりと歩いている。
男がふと顔を上げると、影から青年が現れた。音も無く気配も無く。男の背筋に冷たい汗が流れる。
「やあ、宰相。先程はどうも」
「…いえ。おめでとうございます」
「ありがとう。そちらも思惑通りで何よりだ」
「…脅しですか?」
「まさか!」
青年が2歩進んで、男の肩を軽く叩く。
「双方勝ちだよ」
青年はそうささやいて、影に消えた。男はいつまでも影を見つめ、歯噛みする。
ーー青年を見誤った、と。
◇
戦がとりあえず終結し、久しぶりにメルゼブルク辺境伯嫡男が帰宅した。
だが、彼は帰るなり旅装も解かずに父親のいる執務室に殴り込む。
「父上っ!」
バァン!と轟音を立てて、扉が開かれた。…ミシッと言った。もしかするとどこか壊れたかもしれない、と伯爵はげんなりする。
そんな伯爵を尻目に、闖入者がまくし立てて言った。
「ヒルダを何故王宮に送ったのです?私の許可なく」
「本人の希望だよ。お前の許可は必要ない」
「……聞けば、第1王子の世話役に選ばれたという話ではありませんか!私の許可なくっ!」
「本当にねぇ。まさか選ばれるとはねぇ。重ねて言うけど、お前の許可は必要ない」
「勝手なことを…!」
ダンッ!と闖入者は勢いよく机を叩く。…ミシッと言った。やはりどこか壊れたかもしれない、と伯爵はまたしてもげんなりする。
「あのね。いい加減、妹離れしなさいよ、レオン。デビューの夜会以来、ヒルダを一向に夜会に参加させないんだから。出会いが無くなってしまうじゃないか」
「出会いなど不要です。ヒルダはいつまでも私の傍に居れば良いのです!」
ツンとすまして言い切るその姿は、凜として美しい。なまじ顔の造形が良いものだから、まるで王子様のようだ。
ーーかなり、妹命ではあるけれど。
「お前ね、妹の幸せを奪うんじゃないよ」
「ヒルダの幸せは私と共にいることですが何か?」
「……もうね、その思考回路がダメなんだよ……」
ガクリと項垂れて、メルゼブルク辺境伯は大きくため息をついた。せっかく半端ない美男に産まれ、剣を取れば一流、政治を執れば完璧な男なのに、どうしてそんなに残念なんだ!
ーー妹命はすべてを破壊する。
うつむく父親に、レオンハルトはさらに恐ろしいことを告げた。
「これから王宮に行き、世話役の話をなかったことにしてもらいます」
「ーーレオン。重ねて言うが、これはヒルダの望みだ」
「どうせ父上が領地の実状を隠して、ヒルダにそう仕向けたのでしょう?ーー無効ですよ、そんなもの」
「邪魔をするな、レオン」
伯爵から、恐ろしいまでの怒気が放たれる。それを平然と受け止めて、レオンハルトは同じだけの冷気を放った。
ーーこの親にしてこの子あり。
レオンハルトはバナナも凍る冷徹な視線を父親に送り、唾棄するように言った。
「私が留守中に、ヒルダの結婚と救援の不渡り、さらに戦の終結を解決するために、愛する妹を利用するとは…。許すまじ…!」
「お前のせいだよ。まったく…」
レオンハルトのなじりを平然と受けとめる伯爵。「この策士が!」という捨て台詞を吐いて、レオンハルトはガァン!と音を立てて出て行った。…またもやミシッと言った。もうかなり壊れたかもしれない、と伯爵はウンザリする。
だが、その口元は隠しきれない笑みがこぼれていた。
ーーサテ 一番ノ策士ハ 誰?ーー
END
最後まで読んで頂いて、本当にありがとうございました。イチャイチャしてる男女が書きたくて始めたのに、尻切れトンボのように…。
これ以上はR18になるので、続きはそちらで書きたいと思います。ユーディトや他のお妃さん、そしてヒルダのお兄さんなど登場させたいし、何よりユリウスとヒルダのイチャイチャをもっと書きたいですしね。
とりあえず完結です。
※2020.5.17 続編をムーンライトノベルで始めました。「伯爵令嬢の受難!~王子様は婚約者といちゃいちゃしたい~」です。
はむはむはむは様、幾度も感想をありがとうございました。これほど早く書き上げられたのは、はむはむはむは様のおかげです。
皆様のブックマーク、評価も本当にありがとうございました。m(_ _)m




