最強の盾と最狂の銃口――偽名の誓い
翌朝。
何日も降り続いていた冷たい雨が嘘のように上がり、灰色の雲の隙間から朝日が差し込んでいた。
「アレン様、お荷物はこちらへ。私が持ちます」
「い、いえ!自分の分くらい自分で持てますから!それに『様』はやめてって言ったじゃないですか!」
洞窟を出発する準備を進めながら、アレンはぶんぶんと首を振った。
二人が目指すのは、国境を越えた先にある隣国『エルフレイデン王国』。
帝国のような過度な実力主義や貴族の権力争いが少なく、自由な気風で知られる国だ。
「帝国軍の追手を逃れるために、僕たちは家名を捨てて偽名を名乗りましょう。僕はストライフの名を捨ててただの『アレン』として、クリスティナさんもヴァンガードを伏せて『クリス』と名乗ってください」
「承知いたしました。貴族の矜持も誇りも胸の内に秘め、これからは平民の冒険者クリスとしてアレン殿をお守りします」
主従関係の敬称だけは絶対に譲らないクリスに苦笑しつつ、二人はぬかるんだ森の獣道を進んでいった。
それから数時間後。順調に進んでいた二人の足が、ピタリと止まった。
「……前方より多数。来ます」
クリスが鋭い声と共に大剣を引き抜く。
茂みを掻き分けて現れたのは、汚らしい腰巻きを巻いた緑色の小鬼――ゴブリンの群れだった。
さらにその群れの奥には、一回り巨躯で筋肉質な上位種『ホブゴブリン』が鋭い眼光を光らせている。
「アレン殿は下がって援護を!ここは私が――」
クリスが前へ踏み出そうとしたその時、アレンの右手が虚空を掴み、魔力を消費して漆黒の9ミリ自動拳銃が具現化した。瞬間、気弱な少年の瞳から怯えが消え失せ、冷酷な戦闘狂の笑みが張り付く。
「下がってろって指示は三流以下だぜ、クリス。僕が射撃ラインを作る」
タァンッ!タァンッ!
アレンは流れるような足捌きで前へ出ると、威嚇射撃を放ちながらゴブリンたちの眉間を次々と的確に撃ち抜いていく。
圧倒的な現代兵器の火力。
この世界の低級魔獣など、彼の前ではただの動く的に過ぎなかった。
「あはっ、最高だ。お前は後ろで見てな、クリス。こんな雑魚ども、僕一人で十分――」
だが慢心が、命取りだった。
彼自身のステータスはまだまだ貧弱な子供に過ぎない。
銃の威力に頼り切っていた彼自身の動体視力と敏捷性では、ステータスの高い上位種の動きを捉えきれていなかったーー。
「なっ――!?」
ゴブリンの死角から、ホブゴブリンが驚異的な脚力で一気に距離を詰め、アレンの懐へと飛び込んできた。
人間離れした膂力で、錆びた鉈が無防備なアレンの首筋へと振り下ろされる。
(しまった……速すぎる……っ!)
銃口を向ける暇すらない。死を覚悟し恐怖に塗り潰されそうになったその瞬間。
「私の主に、触れるなッ!」
ガキィィンッ!!
という激しい金属音が森に響き渡った。
銀色の閃光がアレンの眼前に割り込み、クリスが大剣を盾にして致命の一撃を完璧に弾き返したのだ。さらに彼女は体勢を崩したホブゴブリンの隙を見逃さず、流れるような剣技でその胴体を両断した。
ドサリと崩れ落ちる魔物の死骸を見下ろし、アレンは弾かれたようにハンドガンを空間に消滅させた。 直後、狂気のフィルターが完全に外れ、気弱な15歳の少年の自我が戻ってくる。
「あ……ひぃっ……!」
アレンは腰から砕け落ち、泥の上にへたり込んでガタガタと震え出した。
「お怪我はありませんか、アレン殿!」
慌てて駆け寄るクリスを見上げ、アレンはボロボロと涙をこぼした。
どれだけ現代兵器が強力でも、自分自身の身体能力が低ければ、不意を突かれた接近戦では何もできずに殺される。
スキルの過信は死に直結するのだと、己の素の弱さを痛感させられた。
「ご、ごめんなさい……僕が調子に乗って……クリスがいなかったら、僕、絶対に死んでました……っ。助けてくれて、本当にありがとう……!」
「何をおっしゃいますか。私はあなたの盾です。どれほど素早い敵が来ようと、アレン殿が敵を穿つまで、私が全ての脅威を弾き返してみせます」
泥だらけのアレンの手を力強く握り、クリスは優しく微笑んだ。 最強の火力を持つ最弱の矛と、それを命懸けで守り抜く最硬の盾。
仲間の大切さを骨の髄まで思い知ったアレンとクリスの二人は、互いの弱点を補い合う真の相棒として、希望の待つ隣国へと歩みを進めていった。




