落ちこぼれ少年と逃亡騎士――こぼれ落ちた家紋
「……なんでこうなるのぉっ!?」
情けないアレンの悲鳴は、パチパチと燃える焚き火の音にかき消された。
命の恩人とはいえ、正義感の塊のような美少女騎士に「一生お供します」とひざまずかれ、気弱なアレンはどうしていいか分からずパニックに陥っていた。
「あ、あの!そういうの本当に困ります!僕はただの家出少年で――あっ」
身振り手振りで必死に断ろうと立ち上がった瞬間。 ボロボロになったアレンの外套のポケットから、ひとつの銀色のバッジがこぼれ落ちた。 カランッ、と硬い音を立てて岩肌を転がり、クリスティナの足元で止まる。
「これは……」
クリスティナがそのバッジを拾い上げ、目を丸くした。 バッジに刻まれていたのは、交差する二本の剣と咆哮する獅子の意匠。
帝国軍に所属する者なら誰もが知っている、武門の頂点に立つ名門の紋章だった。
「ストライフ伯爵家の、家紋……? なぜ、ただの少年がこれを」
「あ……」
アレンの顔から血の気が引いた。 実家から放り出された時、無意識のうちに衣服に入ったままになっていた身分証だ。
誤魔化そうと口を開きかけたが、クリスティナの真っ直ぐで嘘を許さないような瞳に見つめられ、アレンは観念したように肩を落とした。
「……そうです。僕はアレン・ストライフ。帝国きっての武闘派貴族、ストライフ家の三男です…」
焚き火の炎が揺れる中、アレンはぽつりぽつりと真実を語り始めた。
10歳の儀式で【兵器】という名の、発動すらしないハズレスキルを授かったこと。
実家でひどい虐待を受け、家族から「武門の恥晒し」と蔑まれてきたこと。
そして今回、邪魔者である自分を合法的に処分するために、最前線の激戦区へ「土嚢」として送られたこと。
「さっきの恐ろしい力も、死ぬ寸前の恐怖で、よくわからないけど急に使えるようになっただけで……本当の僕は、剣も振れないし、魔法も使えない。ただの落ちこぼれなんです……」
アレンは自嘲気味に笑い、膝を抱えた。 名門の血を引きながら何もできない自分を、この立派な女騎士はきっと軽蔑するだろう。
そう思ってギュッと目を瞑った、次の瞬間だった。
「うぅ……っ、うわぁぁぁぁんっ!!」
「……えっ!?」
顔を上げると、クリスティナが大粒の涙をボロボロとこぼし、子供のように声を上げて号泣していた。
彼女は泣きじゃくりながらアレンににじり寄り、その小さな身体を痛いほど強く抱きしめた。
「ひどい……っ、あんまりです!実の親が、こんな小さな子供を戦場に捨てるなんて……!どれほど怖かったことか……どれほど、寂しかったことか……っ!」
「ク、クリスティナさん……?」
「よく、一人で生き抜きましたね……!あなたは立派です!誰が何と言おうと、私があなたを絶対に守り抜いてみせますからぁっ!」
軽蔑されるどころか、自分の境遇を心から悲しみ、本気で涙を流して怒ってくれる。
家族から一度も愛されたことのないアレンにとって、その不器用で真っ直ぐな温もりは、戸惑うと同時に、胸の奥がじんわりと熱くなるものだった。
やがてひとしきり泣いて落ち着いた後、クリスティナは鼻をすすりながら、ふと暗い顔で俯いた。
「……でも、偉そうなことを言いましたが、私も人のことは言えないのです」
「え?」
「私の所属していた部隊は、先のオーガの襲撃で私を残して全滅しました。帝国軍の軍規では、部隊が壊滅した中で一人だけ生き残って逃げ帰れば、『敵前逃亡』として処刑は免れません……」
クリスティナはシュンと肩を落とし、膝を抱えた。
「名誉ある騎士爵家の娘でありながら、死地から逃げ出した恥知らず。私にももう、帰る場所なんてないんです……」
焚き火の火の粉が、パチ、と爆ぜた。
家族に捨てられ、戦死したことになっている気弱な少年。 部隊を失い、帰れば処刑される運命の逃亡騎士。 帝国という巨大な国の中で、二人は完全に居場所を失った『死人』だった。
アレンは、落ち込むクリスティナの横顔をじっと見つめ――ふと、口を開いた。
「じゃあ……一緒に行きませんか……?」
クリスティナがハッとして顔を上げる。
「帝国に居場所がないなら、国境を越えればいいし。隣国に行けば、帝国の軍規も貴族の権力も届かない。素性を隠して、二人で新しくやり直しませんか………?」
「隣国へ……でも、あてはあるのですか?」
「冒険者ギルドがあるって、聞いたことがあります」
アレンは幼少期に本で学んだ知識をもとに答えた。
「身分を問わず実力で評価されるギルドなら、偽名でも登録できるはずです。あなたの剣の腕と、僕のこの……よくわからない『力』があれば、魔獣を狩って生きていくことくらいはできると思う」
ギルドでの再出発。 その提案に、絶望に沈んでいたクリスティナの瞳にパァッと明るい光が宿った。
「はい……!行きます、どこへでも!アレン様と一緒なら、なんだってできる気がします!」
「だ、だから『様』はやめてってば……」
戦場の片隅の小さな洞窟。 帝国から弾き出された最弱の少年と、不器用な銀髪の騎士は、互いの過去を捨て、やがて世界にその名を轟かせる最強のコンビが誕生した静かで確かな夜だった。




