絶望の咆哮と銀騎士の少女――レベルアップと『大口径(マグナム)』
泥水を啜り、這いつくばるようにして歩き続けたアレンの意識は、既に白濁していた。
(死ぬ……血が、出すぎた……)
魔獣の爪に裂かれた傷口は雨水でふやけ、熱を持っている。 痛い。苦しい。誰か助けて。 弱音ばかりが頭を巡る中、ふと、雨音に混じって激しい金属音が鼓膜を叩いた。
「――っ!ガァアアアッ!!」
「くっ……あぁっ!」
濁声の咆哮と、少女の悲痛な呻き声。 アレンが重い瞼を上げて視線を向けると、少し先の窪地で絶望的な戦闘が繰り広げられていた。
身の丈3メートルを超える巨躯。緑色の皮膚を持ち、丸太のような棍棒を振り回す上位魔獣――オーガだ。
その化け物とたった一人で対峙しているのは、アレンと歳が変わらないほどの、銀色の髪を泥に濡らした少女だった。
身の丈ほどもある大剣を振るい、必死にオーガの猛攻を凌いでいるが、戦力差は歴然だった。
少女の銀色の鎧はひしゃげ、息も絶え絶えになっている。
(……逃げなきゃ。僕なんかが関わったら、確実に殺される)
気弱なアレンの生存本能が警鐘を鳴らす。 助ける義理もない。力もない。ここで息を潜めて、彼女が囮になっている間に逃げるべきだ。
「きゃあっ……!」
激しい金属音と共に、少女の大剣がオーガの棍棒によって弾き飛ばされた。 無防備になった少女の腹部に、オーガの強烈な蹴りがめり込む。
少女は血を吐きながら泥の中へと吹き飛ばされ、動けなくなった。 オーガが醜悪な笑みを浮かべ、トドメを刺そうと巨大な棍棒を高く振り上げる。
(あ……ダメだ、殺され、る……!)
見捨てられない。 自分と同じように、理不尽な暴力に蹂躙されて死のうとしている人間を。
極度の恐怖とパニックの中、アレンの右手が無意識に虚空を掴んだ。 魔力が消費され、黒鋼のハンドガンが具現化する。
――瞬間。
ガタガタと震えていたアレンの全身から、一切の恐怖が抜け落ちた。
「……あーあ。せっかく隠れてたのに、世話が焼けるなぁ」
可憐な少女のような顔に、ひどく冷酷で好戦的な笑みが張り付く。
アレンは泥だらけの外套を翻し、ふらつく足取りのまま窪地へと姿を現した。
「おい、デカブツ」
アレンの声に、棍棒を振り下ろそうとしていたオーガと、死を覚悟していた銀髪の少女が同時に振り向いた。
「逃げて……!あなたのような子供が勝てる相手じゃ……っ!」
血を吐きながら叫ぶ少女を完全に無視し、アレンは狂気の笑みを深めてオーガへと銃口を向ける。
「ツー・タップ(二連射)」
タァンッ! タァンッ!
放たれた9ミリ弾が、オーガの頭部へと正確に吸い込まれる。
だが――硬質な音が響き、弾丸はオーガの分厚い緑色の皮膚に阻まれ、浅い傷をつけるに留まった。
強力な魔獣が持つ、魔力を帯びた強靭な皮膚の装甲だ。
「グルルゥウ……!」
小バエに刺された程度の痛みに激昂したオーガが、標的を少女からアレンへと変え、地響きを立てて猛突進してくる。
「……なるほど。9ミリパラベラムじゃ、クラス4アーマー並みの皮膚は貫通できないってわけか」
死の突進が迫る中、アレンは一歩も退かず、むしろ楽しげに目を細めた。
彼の脳内には、先ほどの狼の群れを全滅させた際に更新された【ステータスボード】が浮かび上がっていた。
レベル:7(↑3UP)
魔力総量:25
「魔力の上限は上がってる。なら――武器の変更だ」
アレンは右手のハンドガンを空間に溶かすように消滅させた。
そして再び、虚空に手を伸ばす。
「分厚い装甲をぶち抜くなら、やっぱりこれ(ロマン)だよな」
体内の魔力が、一気に『20』吸い取られる。
次の瞬間、アレンの華奢な両手の中に具現化したのは――先ほどの黒鋼とは比べ物にならないほど巨大で、暴力的な重みを放つ『銀色の大型拳銃』だった。
50口径(12.7ミリ)の怪物。
本来は軍用ライフルで使われるような規格外の弾丸を撃ち出す世界最強の自動拳銃。
――デザートイーグル .50AE。
突進してくるオーガが、アレンの目の前まで迫り、巨大な棍棒を振り下ろす。
アレンは狂気に満ちた笑い声を上げ、巨大な銀の銃口をオーガの眉間へと突きつけた。
「さあ、お前のその硬い頭蓋骨。50口径のマグナム弾に耐えられるかな?」
ドンッッッ!!!!
それはもはや、銃声ではなく大砲の砲撃音だった。 圧倒的な火薬量から放たれた初速と質量。
9ミリ弾とは次元が違う暴力的な破壊力が、オーガの強靭な皮膚を、分厚い頭蓋骨を、紙くずのように粉砕した。
「……え?」
泥の中に倒れ伏していた少女は、信じられない光景に目を剥いた。
あんなに小柄で可憐な子供が、謎の銀色の塊から雷鳴のような轟音を響かせた瞬間――無敵に思えたオーガの頭部が、まるで熟れた果実のように弾け飛んだのだ。
首なしの巨体が、アレンの足元にドサリと崩れ落ちる。
「あはっ……!最高だ。反動は魔力で相殺できるから、筋力がなくても撃ち放題じゃないか……っ!」
返り血を全身に浴びたアレンが、銀色の怪物を手に恍惚と笑っている。
少女は、圧倒的な力と狂気を放つその存在を「死神」か何かのように感じ、恐怖と畏敬で声も出せなかった。
だが――その数秒後。
アレンの手から銀色の大型拳銃が消滅した瞬間。 狂気の笑みを浮かべていたアレンの表情が急激に引きつり、限界を迎えていた肉体がガクンと膝から崩れ落ちた。
「う、ぁぁっ……あぁぁあぁっ!怖かったぁぁっ!死ぬかと思ったぁぁっ!!」
「…………はい?」
つい数秒前までバケモノを笑いながら吹き飛ばしていた戦場の狂鬼が、突如として年相応の……いや、それ以上に気弱な子供のようにボロボロと大粒の涙を流し、泥に顔を伏せて大号泣し始めたのだ。
あまりのギャップと意味不明な事態に、助けられたはずの銀髪の少女は、痛みも忘れてポカンと呆けることしかできなかった。




