スキル解除と気弱な素顔――そして唯一の味方
「……ふぅ。とりあえず、この辺りの敵は片付いたかな」
周囲に動く敵影がないことを確認し、アレンはふっと息を吐いた。
手にした黒鋼のハンドガンを意識から切り離すように念じると、それは陽炎のようにブレて空間に溶け込むように消滅した。
その瞬間――
アレンの脳を支配していた前世の冷徹な戦闘狂の意識が、潮が引くように退いていく。
代わりに押し寄せてきたのは、本来のアレン・ストライフという15歳の気弱な少年の自我だった。
「え……あ、うぁ……!?」
視界に飛び込んできたのは、自分がたった今、頭を撃ち抜いて殺した敵兵たちの無惨な死体。
濃密な血の匂いと、飛び散った肉片。
つい数秒前までそれを「経験値」と呼んで笑っていたはずなのに、元の気弱な少年に戻ったアレンは、強烈な吐き気と恐怖に襲われた。
「う、おえぇぇぇっ……!」
アレンは膝から崩れ落ち、泥溜まりに両手をついて胃の中身をぶちまけた。
ガタガタと全身が震え、涙がボロボロと溢れてくる。いつもの、家族から虐げられて怯えてばかりの『アレン』だった。
「アレン坊っちゃん!!」
そこへ、後方から泥を跳ね飛ばしながら駆けつけてくる一人の影があった。
ストライフ家に仕える古参の従者であり、幼い頃から不遇なアレンを密かに気にかけてくれていた数少ない味方、老兵のラーズだった。
「ラーズ、じい……」
涙目で顔を上げるアレン。
ラーズは息を切らして駆けつけると、周囲に転がる敵兵の死体の山を見て、信じられないというように目を見開いた。
いずれも一撃で急所を撃ち抜かれており、剣や魔法による傷ではない。
生き残っていた味方の兵士たちが、震える指で泥まみれのアレンを指差した。
「あ、あの坊主がやったんだ……得体の知れない黒い鉄の塊で、一瞬のうちに……」
その証言を聞き、ラーズは全てを察した。
これまで発動しなかった坊ちゃんのスキル。
それが死の淵という極限状態で、ついに覚醒したのだと。
ラーズは泥に塗れて泣きじゃくるアレンの元に歩み寄り、その小さな肩を力強く抱きしめた。
「よく、生きておられました……。ですが坊っちゃん、その恐ろしい力……決して旦那様(お父上)に知られてはなりませぬ」
「え……?」
ラーズの険しい表情に、アレンはしゃくり上げながら首を傾げる。
「あのような冷酷な旦那様です。坊っちゃんが強大な力に目覚めたと知れば、間違いなくストライフ家の『道具』として死ぬまで戦場を這いずり回ることになりましょう」
その言葉に、アレンはゾッと背筋を凍らせた。
利用価値のないゴミとして自分を最前線に捨てた父。
もし利用価値があると知れれば、今度は自我を奪われ、一生血みどろの戦場に縛り付けられる。
元の気弱な彼にとって、それは死よりも恐ろしい地獄だった。
「そ、そんなの嫌だ……!僕は、静かに暮らしたいだけなのに……っ!」
パニックになるアレンを落ち着かせるように、ラーズは周囲の生き残った兵士たちを見回した。
彼らもまた、アレンの狂気的な力を目の当たりにしており、貴族の権力争いなどに関わりたくないという顔をしている。
「皆の衆、今日のことは他言無用と願いたい。――ストライフ家の三男アレンは、激戦の末、名誉の名のもとに戦死した。それでいいな?」
歴戦の兵士たちは、こくりと無言で頷いた。
ラーズは再びアレンに向き直り、優しく、しかし確かな覚悟を込めて告げた。
「坊っちゃん。貴方様は今日、ここで死んだのです。ストライフの名前を捨て、遠く離れた別の国で……ご自分の人生を、自由に生きてくだされ」
それは、唯一の味方からの、最大の優しさだった。
アレンは泥だらけの顔を拭い、涙をこらえて深く頷いた。
(……そうだ。僕はもう、ストライフ家の人間じゃない)
銃を握れば無敵の戦闘狂。銃を置けば気弱な少年。
二つの自我を抱えたアレンの、誰にも縛られない本当の人生が、今ここから始まろうとしていた。




