雨と泥濘に塗れた塹壕を華奢な影が軽やかに駆け抜ける
「な、なんだあのガキ!?弓か?いや、魔法――」
距離30メートル。
瓦礫の陰から身を乗り出した敵のツーマンセルが、アレンの姿を捉えて大声を上げた。
だが、彼らが剣を抜くよりも早く、アレンの右腕が正確な射撃姿勢をとる。
タァンッ! タァンッ!
乾いた二つの破裂音が連続して響く。
放たれた9ミリパラベラム弾は、分厚い胸当てをあっさりと貫通し、二人の敵兵の心臓を正確に破壊した。
断末魔を上げる暇すらなく、大柄な男たちが糸の切れた傀儡のように崩れ落ちる。
「はい、3キル。次」
可憐な唇から、鼻歌を歌うような場違いに明るい声が漏れた。
アレンは足を止めることなく、視線を右後方45度の稜線へと向ける。
そこでは、味方の死角を取った敵国の魔導士が、必殺の炎魔法を放つべく長々とした詠唱を終えようとしていた。
「大いなる炎の精霊よ、我が敵を焼き尽くす――」
「遅い。実戦でそんな隙だらけの長文、的当ての的以下だよ」
タァンッ!
杖の先端に炎が灯る直前、アレンの銃口から火を噴いた弾丸が魔導士の眉間を寸分違わず撃ち抜いた。
頭部を弾け飛ばされた魔導士が崖下へと転がり落ちていく。 剣の踏み込みよりも遠く、魔法の詠唱よりも遥かに速い。現代兵器の絶対的な優位性が、この世界の戦場を完全に支配していた。
「4キル。周辺の脅威排除完了、と」
アレンは銃口を下げ、瓦礫の陰に身を隠して小さく息を吐いた。
硝煙の匂いを肺いっぱいに吸い込みながら、周囲の惨状と自らの手を見比べる。アドレナリンに支配された脳が少しだけ冷静さを取り戻し、彼はふと疑問に思った。
(……おかしいな。さっきから一発撃つごとに魔力を『1』消費している感覚があるのに、全然疲労感がない)
アレンは虚空をスワイプするように手を動かし、自身の【ステータスボード】を可視化した。
名前:アレン・ストライフ
レベル:4(↑2UP)
HP:25/25
MP:15/15
筋力:8
耐久:6
敏捷:12
魔力総量:15
スキル: 【兵器】Lv.1 【魔力自動回復】Lv.1(New!)
「レベルが上がってるのは美味しいけど……やっぱり、魔力の最大値(総量)はたったの『15』しかないのか………」
この世界の一般的な兵士でも、魔力は30から50はある。アレンの魔力総量15という数値は、魔法使いどころか一般市民と比べても底辺レベルだった。
ステータスの詳細を読み解くうちに、アレンは自分のスキル【兵器】の仕様を完全に理解した。
兵器を空間から顕現させるには、その兵器のランクに応じた『魔力の総量』が条件となりそうで、今の所この【9ミリ自動拳銃】より大きいものが呼び出せなさそうなのは感覚でわかる。
より火力の高いアサルトライフルやスナイパーライフルを顕現させるには、圧倒的に魔力総量が足りていなさそうだ。
「なるほど、今の総量じゃハンドガン縛りってわけか。でも……」
アレンの視線は、スキルツリーの末端に新しく発現した見慣れないスキルに釘付けになった。
【魔力自動回復】Lv.1――効果:1秒間に魔力を1回復する。
(これだ……! 僕が魔力切れを起こさずに銃を連射できていた理由!)
ハンドガンの弾丸一発を生成・発射するのに消費する魔力は『1』。
対して、この自動回復スキルのおかげで、1秒経過すれば即座に魔力が『1』補充される。つまり、1秒間に1発のペースなら実質的に【弾薬無限】。フルオート射撃でもしない限り、今の彼が魔力枯渇で弾切れを起こすことは物理的にあり得ないのだ。
「あはっ……なんだこれ、チートにも程があるだろ」
アレンは堪えきれないといった様子で、少女のように愛らしい顔を歪めてクスクスと笑い声を漏らした。
レベルを上げて魔力総量を増やせば、いずれ機関銃や対物ライフルすら無限に撃ちまくれるようになる。そのためには、この戦場でひたすら敵を殺し、経験値を稼ぎまくればいい。
「お、おい……アレン……?」
背後から、恐る恐る声をかけられた。 振り返ると、生き残った数名の味方兵士たちが、信じられないものを見るような目でアレンを遠巻きに囲んでいた。
彼らの目に映っているのは、自分たちをゴミのように蹂躙した屈強な敵兵たちを、瞬きする間に謎の鉄塊で惨殺し、その血溜まりの中でうっとりと笑う狂気の美少年の姿だった。
「どうしたんですか、皆さん?そんな顔をして」
アレンは血に濡れた頬を拭いもせず、黒鋼のハンドガンを片手に、味方に向けて極上の笑みを向ける。
「ほら、さっさと前線を押し上げますよ。僕の『経験値』が逃げちゃいますからね」
ストライフ家の落ちこぼれが見せた底知れぬ狂気と実力に、歴戦の兵士たちは誰一人として言葉を返すことができず、ただ寒気を感じて後ずさるしかなかった。




