血に塗れた悪あがきと覚醒の札――逆転の一撃
それから数時間後。冒険者ギルド内は、異様な緊張感に包まれていた。
廃鉱山へ向かっていたギルドの調査隊が帰還し、ギルドマスターの前に分厚い報告書を叩きつけたのだ。
「……報告の通りだ。坑道の最深部は凄まじい高熱で融解しており、岩盤に埋まるようにB級魔獣デス・ストーカーの大群の残骸が確認された。中には、荷物持ちの少年が背負っていたと思われる荷袋の燃えカスもな」
ギルドマスターの重々しい声が響き渡る。
周囲を取り囲む冒険者たちの視線が、一斉にフロアの中央に立たされている『赤き牙』の面々へと突き刺さった。
「ガストン。お前たちは魔獣の群れから逃げるために、罪のない少年を囮にした。そしてそれを隠蔽し、あろうことか告発した彼らを口封じのために斬り捨てようとしたな。……冒険者ギルドの規約に基づき、お前たちのギルド登録を永久抹消し、重罪人として衛兵に引き渡す」
事実上の死刑宣告。
ガストンの顔は土気色に染まり、他のメンバーたちは絶望に膝から崩れ落ちた。 ギルドの職員が数名、彼らを拘束するための縄を手にして近づいていく。
「おとなしくしろ、ガストン。武器を置け」
職員の一人がガストンの肩に手を伸ばした、その時だった。
「……ふざ、けるな」
「なに?」
「ふざけるなァッ!!俺は銀ランクだぞ!こんな辺境の泥臭い街で監獄にぶち込まれてたまるかァッ!!」
突如として狂乱したガストンが、隠し持っていた短剣を振り抜いた。
「あっ――」
鈍い音と共に、拘束しようとしたギルド職員の首筋から鮮血が噴き出す。
職員は言葉を発することもなく、血の海の中に崩れ落ちた。
「きゃあああっ!?」
「人が、殺されたぞ!!」
パニックに陥り、悲鳴を上げて逃げ惑う冒険者や町人たち。
「どけッ!道を空けろォ!」
完全に正気を失ったガストンと『赤き牙』の残党は、血濡れた武器を振り回し、逃げ遅れた周囲の者たちにまで危害を加えながら出口へと強行突破を図ろうとした。
「クリス!」
「はいっ!」
医務室からフロアへ降りてきていたアレンとクリスが動く。
クリスが飛び出そうとするが、パニックになった群衆が壁となり、前線へ出るのが一歩遅れる。
アレンも銃を顕現させようとしたが、逃げ惑う一般人が射線に被り、不用意に引き金を引けば巻き添えにしてしまう最悪の状況だった。
(くそっ……どうすれば!)
アレンが焦燥に歯噛みした、その瞬間。
「――そこまでだ、ガストン」
喧騒を切り裂くような、静かで、しかし地を這うような怒気を孕んだ声が響いた。
医務室の階段からゆっくりと降りてきたのは、魔力枯渇から目を覚ましたばかりの荷物持ちの少年、レオだった。
「レ、レオ……!?てめえ、まだ生きて……!」
「お前らの身勝手なプライドのせいで、罪のない人が死んだ。……絶対に許さねえ!」
レオは顔面蒼白のまま、自身の左腕を強く握りしめた。
「展開!!」
再び眩い光と共に、左腕に機械仕掛けのカードデッキホルダーが具現化する。
しかし、彼にはもう巨大な竜を喚び出すほどの魔力は残されていない。絞り出せる魔力は、ほんのわずか。
だが、アレンから教わったカードゲームの知識が、レオの脳内に『別の戦術』を描き出していた。
(モンスターを喚び出すだけが、カードじゃない……ッ!)
「引け(ドロー)!!」
デッキから引き抜かれた一枚のカード。
それは、モンスターカードとは違う枠色のカードだった。 レオはそれを見据え、迷いなく盤面へと叩きつけた。
「俺は、効果カードを発動する!魔法カード『剛力鬼の籠手』!!」
モンスターの実体化は起こらない。
代わりに、盤面に置かれたカードが砕け散り、光の粒子となってレオの右腕に吸い込まれていく。
直後、レオの細い右腕を包み込むように、半透明の巨大な鬼の腕の幻影が重なった。
「な……なんだその光は!?ハッタリか!」
血走った目でガストンがレオへと斬りかかる。 ガストンの膂力から放たれる、必殺の剣撃。
だが、レオは逃げなかった。 「うおおおおッ!!」 咆哮と共に、幻影のガントレットを纏った右の拳を、迫り来る鉄剣に向かって真正面から叩きつけた。
ガギィィィンッ!!!
「――は?」
ガストンが間抜けな声を漏らす。
レオの素手と激突した瞬間、銀ランクの戦士が振るう業物の鉄剣が、まるでガラス細工のように粉々に砕け散ったのだ。
「そのまま……吹き飛べぇッ!!」
勢いを殺さず、レオの拳がガストンの胸当てにめり込む。
ドゴォォォンッ!という爆発のような破砕音が響き、大柄なガストンの巨体がギルドの天井付近までカチ上げられ、そのまま受付のカウンターごと粉砕して気絶した。
リーダーを一撃で沈められた残党たちは、完全に戦意を喪失し、武器を放り出してその場に土下座した。
「……はぁっ、はぁっ……」
カードの発動を終え、レオの腕から幻影のガントレットが消え去る。
彼は荒い息を吐きながらも、しっかりと両足で大地を踏みしめていた。
その光景を見ていたアレンの背筋に、ゾクッとした悪寒と興奮が走った。
(やっぱりだ……。効果カード(魔法・装備カード)は、モンスターのような独立した質量を顕現させない分、消費魔力が極端に少ないんだ!)
魔力枯渇寸前だったレオでも発動できたのが何よりの証拠。
大型モンスターによる面制圧だけでなく、魔力消費の少ない効果カードを使い分けることで、バフ(自己強化)、デバフ、防御、回復まで、あらゆる状況に一人で対応できる。 【トレーディングカード】。
それは使い方次第で、規格外の汎用性と燃費を誇る、世界をぶっ壊すほどの万能スキルだ。
「……よくやったね、レオ君」
アレンが歩み寄り、肩で息をするレオに微笑みかけた。 クリスもまた、驚きと称賛の入り混じった眼差しで彼を見つめている。
「へへっ……あんたの教え通りにイメージしたら、本当にできた。……俺、もう誰の足手まといにもならねえよ」
レオが泥だらけの顔で、ニッと笑う。
罪のない命が一つ失われるという悲痛な犠牲を払うことになったが、この事件を境に、スラムの荷物持ちは決別した。
底知れぬ狂気と銃を隠し持つ少年アレン。
銀髪の騎士クリス。 そして、無限の手札で運命を切り開く少年レオ。
エルフレイデン王国全土を揺るがすことになる彼らの本当の冒険が、今ここから始まろうとしていた。




