異常発生(イレギュラー)
「……ルール?イメージ?」
困惑するレオの顔を、アレンは真っ直ぐに見つめ返した。
「そう。君のスキルは、頭の中で『ゲームの盤面と法則』を思い描かなければ発動しないんだと思う。まずは左腕に、カードを置くための機械仕掛けのホルダー(盤面)をイメージしてみて。そして、見えない山札からカードを引き、魔力を込めて場に展開するイメージで……」
アレンは前世の記憶を頼りに、『デュエル・レジェンド』の基本システムを噛み砕いて説明した。
ターン制、手札のドロー、そしてカードから実体化するモンスター。
この世界の常識からはあまりにもかけ離れた「遊戯」の法則。
普通の人間なら理解を拒むような突拍子もない話だが、レオは違った。
スラムで泥水を啜り、パーティから囮として見捨てられた底辺の少年には、この蜘蛛の糸にすがるしか生きる道がなかったのだ。
「わかった……!よくわからねえけど、あんたの言う通りにその『盤面』ってやつを頭に描いてみる!」
レオが目を閉じ、必死に意識を集中させようとした、その時だった。
ズズンッ……!!
突如として、坑道の奥から地鳴りのような重い振動が響いた。
それは一匹や二匹の足音ではない。カサカサという甲虫の這いずる音とは全く違う、硬い岩盤を削りながら進む無数の凶悪な足音。
「な、なんだ……!?」
「アレン殿、下がって!!凄まじい気配です!」
クリスがレオとアレンを庇うように前に飛び出し、大剣を青眼に構える。 松明の灯りが届く暗闇の奥から、そいつらは姿を現した。
体長三メートルを超える漆黒の巨体。岩すら溶かす猛毒が滴る巨大な尾針と、鋼鉄を易々と挟み切る凶悪なハサミ。
――『デス・ストーカー』。
本来であれば、より危険な地帯にしか生息していないはずの、B〜C級相当に分類される凶悪な巨大蠍の魔獣だった。
しかも、一匹ではない。ざっと数えただけでも十匹近い群れが、坑道を埋め尽くすように迫ってきている。
「そんな……バカな。ここはFランク向けの初心者用ダンジョンのはず……!」
クリスが戦慄の声を上げた。
レベル16の彼女であっても、デス・ストーカー単体すら命懸けの死闘になる相手だ。それが群れで現れるなど、絶対的な『死』を意味していた。
その光景を見た瞬間、アレンの脳内で、バラバラだったピースが不気味なほどの符合を見せた。
(……おかしいと思ったんだ。中堅の実力を持つ『銀ランク』のパーティが、たかがアーマービートル程度の群れに遭遇したくらいで、大事な荷物を放り出して逃げるなんて不自然すぎる)
彼らはアーマービートルから逃げたのではない。
索敵スキルか何かで、坑道の奥から迫り来るこの『イレギュラーな大群』をいち早く感知したのだ。
だからこそ、足手まといの荷物持ち(レオ)を魔獣のヘイトを稼ぐ『囮』として置き去りにし、自分たちだけ全速力で逃亡したのだ。
「最悪だ……!自分たちが助かるためにレオ君を見殺しにしたんだ……!」
アレンの右手が虚空を掴み、魔力を消費して黒鋼のハンドガンを具現化させる。
狂気の戦術家の自我が急速にアレンの脳を支配していくが、それでも計算が追いつかない。
現在の魔力総量で喚び出せる銃の火力では、デス・ストーカーの分厚い甲殻を数匹貫くのが限界だ。群れ全体を殲滅するには、圧倒的に火力が足りない。
「シャァアアアッ!!」
先頭のデス・ストーカーが巨大なハサミを振り上げ、クリスへと襲いかかる。
「はぁぁぁッ!」
クリスが大剣で迎撃するが、恐ろしいほどの膂力に押し込まれ、火花を散らしながら後退を余儀なくされる。
このままでは、防衛線が突破されるのは時間の問題だった。
「クリス!」
「アレン殿、ここは私が防ぎます!あなたたちは早く逃げて!」
血を吐くようなクリスの叫び。
しかし、逃げ道は既に他のサソリたちによって塞がれつつあった。
絶体絶命の死地。
恐怖に足がすくみそうになる中、アレンは傍らで震えるレオの肩を強く掴んだ。
「レオ君!君がやるんだ!!」
「お、俺に何ができるってんだよ!?あんなバケモノ――」
「イメージして!! 左腕に盤面を!君をゴミみたいに捨てた奴らを見返してやるんだろ!?」
アレンの狂気すら孕んだ叫びに、レオの瞳に宿っていた怯えが、やがて強烈な『怒り』と『生存本能』へと変わっていった。
レオは深く息を吸い込み、坑道に響き渡るような声で咆哮した。
「舐めるなぁぁっ!!展開!!」
その瞬間だった。 レオの左腕が眩い光に包まれ、魔力の粒子が集束して巨大な機械仕掛けの『カードデッキホルダー』が具現化した。
アレンの記憶にある『デュエル・レジェンド』のデュエルディスクと全く同じ形状。未知のハズレスキルが、世界で初めてその真価を解放した証だった。
「デッキから……引け(ドロー)!!」
アレンの指示に呼応し、レオが虚空のデッキから一枚のカードを力強く引き抜く。
指に挟まれたそのカードが、金色の魔力光を放ち始めた。
「カードを盤面にセットして!それが君の『力』だ!」
「いっけぇぇぇぇッ!!」
レオがカードをホルダーに叩きつける。




