第91話 戦い(防戦)
村の門からは強い衝撃音がしていた。大きな木をぶつけて門を壊そうとしているようだ。その振動が伝わる。僕等は身構える。ロベルトさんが前に、その後ろに三人の警備兵。そして、僕とソフィアさん。
僕は固く手を握る。振動が大きくなってきた。来る。僕は思わず、ソフィアさんの手を握る。
ソフィアさんが僕を見る。
僕は頷く。
僕は彼女を守らないといけない。
ドーンっと大きな音がして、バリバリっと扉が歪んで、人が入り込んできた。いかにも荒くれ者と言った格好の人達を先頭に人々がなだれ込んでくる。
「なんで、この村を襲う?」
ロベルトさんが大声で問う。
「苦しんでいるワシ等を見捨てるからだ」
先頭の男が叫ぶ。
「見捨てたのはこの村だけではないだろう。何故、自分達を捨てた街を襲わないのか?」
ロベルトさんが言うと、
「分かるだろう。ここには守る人がいない。それに富がある。容易く危険もなく奪える。この意味が分かるか?弱者は強者の糧となるのが、この世界の掟なのだ」
「容赦はないということか?」
「容赦はあるよ。全て差し出せばなぁ。女は助けてやるが、男は死んでもらう。わしらが生きるためにな」
「この村に来て救われた人もいると思うが、それだけでは不十分なのか?」
「笑わせるんじゃない。先逝く老人や力のない子供を救って何になる。生きていくのに足手まといになるだけだ。そいつらを押し付けられた家族のことを考えたことがあるのか?そいつらが生きているために、家族はそれ以上の不幸を背負い、食べられていた飯が食べられなくなり、住んでいた家を追い出される。それは救いじゃない。破滅の道を選ばせただけだ。一人を助けて、家族が全員死んでしまった悲しい結末だ。だから、わしらは、今、奪い、食べ、貪る。それで良いじゃないか」
男は下卑た笑い顔をした。さらに、言葉をつなぐ。
「世間知らずの坊ちゃん、お嬢ちゃんにこの世界の厳しさを教えてあげるよ」
男はそう言うと持っていた斧を振り上げた。
「野郎ども、行くぞ」
僕は震えていた。
彼女の手を握る掌から汗がでているのが分かる。男の下卑た笑いと声が耳から入りこんで、頭を揺らす。話合いの余地はないのが明白だった。怖さが拙速となり、僕は、サーキュラーブレードを作り、風魔法で飛ばす。
ヒューンと音がして、振り上げた男の斧を持つ腕を切り飛ばした。
男の血が宙を舞う。男の腕と斧がクルクルと大きく飛んで地面に突き刺さった。呆然としている片腕を無くした男を無視するように、新たな集団が襲ってくる。
僕は風魔法で大きな壁を作り、それでその集団を包んだ。空気の壁にぶつかり、逃れられない集団は持つ刃物で互いを傷つけあいながらもがいている。僕はその壁を徐々に狭めていく。もがく集団がひしめき合って、窮屈になっていく。締まっていく壁に集団から悲鳴が漏れてくる。
僕の恐怖はそれでも壁を締めていく。
「王子、おうじ、止めて。みんな死んじゃうわ」
ソフィアさんが叫ぶ。
「ダメです。彼等は僕の大事なモノを奪うと言いました。彼等が今回した事、言った事は許すことができません。罰が必要です」
「でも、止めて。貴方が殺人者になってしまう。それは、私が耐えられないの」
僕は、ソフィアさんの止める理由が分からない。彼らは僕の考える理想の街を壊す異端者なのだ。
なぜ止めるのだ。
僕は、さらに壁で締め上げる。
その集団はギシギシと音を立てるだけで、声を発することもできなくなってきた。
「王子、お願い、王子。私のお願いを聞いて」
ソフィアさんが僕を背後から抱きしめる。
僕の背中が彼女の涙で濡れていく。
「彼らにも守るべきものがあって、心配する人がいるのよ。それを分かってあげて」
ソフィアさんが必死に縋り付いて、僕の怒りを鎮めようとしている。
「守るべきもの」
僕は反芻する。
「守るべきもの?」
何度か反芻する。気持ちの昂ぶりが治まり、体の震えがなくなってきた。傷つけられそうな気持ちが落ち着いてきて、壁の締め上げをゆっくりと無くして動けるようにした。強制的に立たされていた荒くれ者達は崩れ落ちるように倒れていった。気を失ったものもいそうだが、大半は痛みに呻いている。
ロベルトさんが静かに片手を失い、意気消沈した荒くれ者の首領に言う。
「私達はこの街を守るべき力を持っている。でも、その力は無暗に使わない。なので、弱いと見下すのも、侮るのも許す。若輩の戯れだと馬鹿にするのも許す。
しかし、私達は貴方達を見捨てたわけではない。まだ、受け入れる準備ができていないのだ。確かに、今まで私達は私達の都合で病人、怪我人を救うという過ちを犯したのかもしれない。
それは謝る。
街を作るのに、もう少し時間が欲しい。受け入れる準備ができたら、この門は常に開けておく。誰でも入ってきて良いという事だ。その時はこの街のために存分に働いてくれ。分かったか?」
「わしはもうこんな体ではどんな役にもたたない」
気勢をそがれた荒くれ者の首領が言う。その言葉に反応するように、ロベルトさんが僕を見る。
僕が切り落とした腕と締め上げ、傷つけた人々だ。
僕が治すべきだ。
「ヒール。エリアヒール」
荒くれ者首領が光り、彼の腕が元通りになる。倒れて呻いていた荒くれ者達に光が降り注ぎ、何もなかったかの如く起き上がる。
ロベルトさんがそれに合わせて言う。
「今回のことは忘れることにする。そして、この門が開くまでこの街には来ないことを守ってもらわねばならない。これは貴方達と私達の約束である。直ちに、この場から去れ」
僕は風の壁を消し去る。無事に戻れることが分かると、彼らは振り返ることなく、逃げるように帰っていく。
最初の試練が終わった。




