第82話 メイプルシロップ
泣きじゃくるエアリスがおさまるのを待って、机の上にあるアレクサンドライトの石を触るように彼女に言った。
彼女はこくりとうなずくと、おそるおそるアレクサンドライトの石に手が伸びて、触ると光輝き出す。
「わーっ」
と、叫んで、慌てて彼女は僕に抱き着く。
しかし、石は彼女の手にくっついて離れない。石は光り続け、強張った彼女の顔が僕の目の前にある。彼女が大きく深呼吸を何度も繰り返す。心配で彼女の顔を見ていると、しばらくして落ち着いたのか、涙ながらの顔で僕を見つめ返す。そして、静かに話し出した。
「私が生まれてきた意味が分かりました。呪いの苦しみは私だけでなく、両親を苦しめ、痛みから逃れるために私は何度か死んでしまおうと思ったかもしれません。
しかし、石が私に話しかけてきました。
『貴方様を支えて欲しい』と。
私は石に聞いたのです。
『私で良いのですか』と。
石は答えました。
『それがあなたの運命だからだ』と。
私はすべて分かった気がしました。
今までの苦しみはこれから始まる苦難の旅を耐えるための試練だったということをです」
と言うと、続けて
「私は嬉しい。私は生まれてくる意味があったのです」
また、僕の腕のなかで泣き始めた。
僕はエアリスが僕のこれから始まる旅の仲間であることをロベルトさんとソフィアさんに話した。ロベルトさんは驚きの表情で、
「何かの導きがあるのかもしれませんね」
と話すと、
「よろしくね、私の王子を守ってください」
と、ソフィアさんはエアリスに話しかけていた。
当面は、ソフィアさんの付き人の待遇は変わらないが、村の子供への勉強の手伝いと魔道具作りの手伝いが今後の仕事となった。
また、魔法の勉強に関しては僕が対応することになった。明日から、本格的な魔法の勉強を行うことにした。
ロベルトさんから、未だ村の前で待っている病人の対応を促され、鑑定で犯罪歴のある人はやめて、今日も五人を目途に若い人を中心に選ぶ。骨折した人が多かった。
骨折の治療はすぐに終わり、歩くのに問題ない人には元の村へ帰ってもらう。その中で、治療が継続して必要な病人家族は、今日は一家族だった。
この家族にも街の住人になってもらった。
街の住人が増えていけば、住む家を作り、仕事を斡旋していく必要がある。今は、鉱山業務、農業、警察署、役所など、色んな職場が紹介できる。
それ以上、増えてきた場合は、宿泊所、酒場、食堂などの娯楽施設も必要となるだろう。それも今後は考えておく。
労働賃金は鉱山からの利益と魔道具販売から上がる利益から、食料や生活雑貨の買付も必要となる。そのため、現在、必要なのは雑貨屋なのだ。前の村にもあったのだが、鉱山からの利益が少なくなったため、廃業していたようだ。
フローラさんが作ると言っていたレバークレーゼン商会の支店の建物を作ることにして、その横に雑貨屋を作ることにした。
雑貨屋では物の売り買いができるようにしたい。そのためには、店員が必要であり、王国通貨でやり取りをするには計算ができないといけない。ここに、エアリスが作業できないかと提案してみた。しかし、それはソフィアさんにあっさり否定された。エアリスにはパン工房で働いてもらうとのことだった。彼女が母親代わりになるつもりなのかもしれない。
僕は次の提案をした。
僕はロベルトさんと村長さん、ソフィアさん、エアリスの五人で以前木材を切った森にきている。僕は鑑定を使った。
「あった。やっぱりだ。それに群生している。そっちに行きましょう」
以前の木の調達時の惨事が起こらないように今度は加減しながら、水魔法で作ったサーキュラーブレードを風魔法で飛ばして道を作る。大きな木を避けながら作っているので、真っ直ぐな道にはならないので、時間がそれなりにかかる。そうやって進んで行くと、群生したカエデの木があった。
僕はメイプルシロップを作ろうと思っている。
甘味を作るのだ。ソフィアさんには甘いパンを作ると言っている。僕は、この群生しているカエデの木の樹液を集めてシロップを作ると皆に話した。
対応は様々であるが、皆不思議そうな顔をしている。三次元プリンターで金属の桶と金属の筒を作る。
金属の筒をカエデの木の幹に差し込むと樹液が出てきた。
これを、金属の桶で受ける。適度に受けて、別の桶に交換する。
樹液の入った金属の桶を魔法で温め、甘味成分を意識しながら、急速に煮詰めていく。液体が少なくなり、沈殿物ができ始めて、ひと煮立ちして、温めるのを止める。
冷たい風を魔法で送り、樹液を冷ましていく。
まだ温かい上澄み液を指ですくって舐めると甘い。この世界に来てから、忘れていた甘さ。メイプルシロップである。皆にも味見してもらう。
「甘い」
声が重なる。
「王子凄いです。これはこの世の中を変えてしまいます」
ソフィアさんが言う。この世界でも女性は甘いものが好きなのだ。
「いや、それほどでもないですよ。これはパンよりもふかふかしたホットケーキにかけて食べるとさらに美味しさが増しますよ」
じゅるりと誰かが音をたてた。




