第80話 呪いを解く
ロベルトさんがかん口令を敷いたにもかかわらず、奇跡を起こす医者がいるという情報が伝わっていったのだと思う。村の入口に人が集まっているとの報告があり、ロベルトさんが朝から大変だということだった。見に行こうかと思ったら、ソフィアさんに止められた。
僕は昨日から作業してくれているブドウ栽培の手伝いをしている。
アースの土魔法で畑になる土地の掘り起こしを行い、ブドウ植樹用の穴を掘っている。彼らがブドウの苗を穴に入れ、土をかぶせていく。百本程度の苗を植え終えると、ウォーターの水魔法で苗に水を上げる。
さらに、醸造所の建物として大き目な倉庫のようなものを建てておく。醸造に必要な機材、樽は既に発注済みとのことで、これは、レバークレーゼン商会の対応待ちとなる。作業終わりの人には入浴施設での休憩を勧める。僕は橋が一本しかないので、川の上流、下流にそれぞれ橋を架ける準備をしていたら、ソフィアさんから呼び出しがあった。ロベルトさんが呼んでいるそうだ。一緒にロベルトさんのもとへ。
ロベルトさんは僕が作った家の応接室を執務室として使っており、そこで待っていた。やはり、村の前で待っている傷病人のことだった。
どうすべきか、僕の意見を聞きたいとのことだった。僕は治療の内容にもよるが、今にも苦し気な病人を見捨てる訳にはいかないと答え、遠くから鑑定を使うので、すぐにでも治療が必要な者は連れてきてもらって救おうということを話した。
ただ、その中でも困るのは、治療費の対応と治療後の対応であると話し、治療費を払えればそれでいいが、払えない場合は街での労働で返してもらう必要があり、また、治療後の静養が必要な場合もあり、その場合の対応を決めないと解決できないかもしれないと話した。その点に関してはロベルトさんも頭を抱える。
この状況を打破したのはソフィアさんである。
「王子は本当はどうしたいのですか?」
「僕は先ほども言ったように助けられる命があれば助けたいと思います」
「では、助けましょう。それが、何人になるかはわかりませんが、街の治安とか、治療費がどうかというよりもこの街で治療するのがいいのであれば、制限は解除してもいいじゃありませんか?王子を助けるためにお兄様がその分警備を頑張るしかないのです」
と、ソフィアさんは言い切った。背中を押される感じで僕はロベルトさんに話す。
「早速、患者を見に行きましょう」
ロベルトさん、ソフィアさんと一緒に村の外で待っている病人を見て回る。僕は一切声を出さず、ロベルトさん、ソフィアさんが対応する。その中で息も絶え絶えの奇妙な老婆を見た時、喋らないはずの僕は声を上げた。ソフィアさんの裾を引っ張り、この患者を治すことにした。また、小さな子供を優先して、四人。計五人が治療の対象とし、彼らを村へ入れ、それから、街へ連れて行った。
今回、治療に選ばれなかった人たちには、診察は明日になるので帰ってもらうことにした。ロベルトさんからあとから聞くと、帰らないで村の外で夜を明かす人もいたらしい。
鑑定で確認していたが、子供達は栄養失調によるくる病であり、骨の異常を伴っていて、それを治し、また、簡単な栄養剤に果物から抽出したビタミンを混ぜて飲ませた。これを少なくとも半年から一年をかけて行う必要がある。
そのため、ロベルトさんと相談して、その子供の家族ごと、この街の働き手を兼ねた住人とすることにした。この家族の住居に関しては、住人と同じ家を三次元プリンターで作成した。それからは、カナーレさんの出番で、マイナンバーカードを作ってもらった。
最後に、今は僕が気になった老婆を鑑定している。
年齢は十八と出ている。見た目と合わない。呪いが体を蝕み、老いさせていたのかもしれない。
村の外で見た時に、〝呪い〟という状態が見えたのだ。
明らかに僕がいた世界にない病気であり、ぱっと治療方法が分からないのだ。喘ぐように息をしている彼女の腕から黒い模様が覗いている。
答えられない彼女の代わりにソフィアさんに確認して、彼女の服を脱がす。黒い模様というか、線がしわがれた体中を這っている。ソフィアさんに聞く。
「彼女は〝呪い〟というものに侵されています。〝呪い〟という病気は聞いたことがありますか?」
「〝呪い〟というのは本当の病気ではありません。魔力で体を蝕んでいく魔法の一種です」
「そうなのですか。なるほど、それで、よく見ると、体に見える黒い模様が魔法陣に似ているのですね。
そうか、彼女は魔法が使えるのか。
その呪いの魔法陣の魔力入力と魔臓からの魔力を出すところが結ばれていて、彼女が魔力を使おうとすると、その魔力が彼女の体を縛っていくので、弱ってきているのか。
魔力の属性は風か。
うーん、どうすればいいのか、分からない」
僕は考え込む。彼女の苦しそうに波打つ体を眺めていると助けてあげたい気持ちで一杯になる。
「魔法か?」
僕は独りごとのようにつぶやくと、魔法エンサイクロペディアを思い出し、取り出して、〝呪いの解呪〟と聞いて見る。
魔法エンサイクロペディアは〝呪いの元を断て〟と回答してきた。
呪いの元とは、呪いをかけた者のことなのかと考えたが、呪いをかけた者など今はどこにいるのかも分からない。それ以外の方法を考えていると、彼女が供給している魔臓からの魔力を断つことができれば、彼女を苦しめることがなくなるのではないかと考えた。
『やるだけ、やってみるか』
このままだと、彼女はこのまま死んでしまう可能性が高い。
「治療してみます」
僕はソフィアさんに宣言した。
僕は彼女の魔臓からの魔力の出力を止められるように、僕の掌を魔臓の位置に合わせて魔力を流しながら、魔臓の魔力出力位置をつきとめ、魔力の流れを塞ぐように僕の魔力で壁を作った。
彼女の魔力を吸い出す魔法陣の力が強く、負けないように僕の魔力壁を厚くする。数分間、我慢して彼女の魔力を吸い出すことを防いでいると、彼女の体にまとわりついている黒い線がうすくなってきている。
効果ありと判断して、しばらく同じようにしていると、彼女の体から黒い線が消えた。比例するように彼女の呼吸が穏やかになってきている。治ったかと思って、僕の魔力の壁を外すとなくなった線が少しずつ黒くなってもと通りとなり、彼女の呼吸も荒くなっている。
『失敗だ。いや、成功だ。分かった。呪いの魔法陣の元が魔臓にあるのだ』
僕は掌を彼女のお腹に合わせ、再度、魔臓の位置を魔力で調べる。すると、魔臓の傍に黒い塊があり、これが魔力を汚している。これを除去する必要があると分かった。
魔力の膜を魔臓まで伸ばし、黒い塊をバルーンのように包む。そのイメージを強くする。
「ヒール」
「うっ」
と彼女は声を出した。そして、ゆっくりと彼女の体から魔力の膜の先についた黒い塊を引き出す。そして、それを小さな箱に移し、蓋をして、インベントリにいれる。
彼女の体にあった黒い模様はしだいに薄くなってみえなくなっている。
「治療できました」
ソフィアさんに報告する。ソフィアさんが額の汗をハンカチで拭ってくれる。そして、僕に声をかける。
「王子、がんばりました」
お褒めの言葉に安堵し、僕はぐったりと椅子にもたれかかった。
「ありがとうございました。御恩は一生忘れません」
どこからか、声が聞こえる。ソフィアさんと顔を見合わせ、治療した彼女を見ると老女が若い女性に変身していた。驚いて彼女を見つめていると、
「裸の女性を長く見つめるのは不謹慎です。診療室の外に出て下さい」
ソフィアさんにそう言われ、背中を押されて、部屋の外に追い出された。




