第76話 石鹸
家に帰ってきて石鹸が必要だと思った。
衛生面でも必要であるが、お風呂で使いたい。お風呂と言えば、お湯がでるようにしたい。今までは、魔法で温水を出していた。でも、お湯が出れば住民もお風呂に入るようになるだろう。しかし、石鹸がないと清潔を保つことはできない。
石鹸は、油と苛性ソーダが必要だ。苛性ソーダは塩からつくるのだが、塩の大量入手ができない。いっそのこと、海に行くか、岩塩を見つける必要がある。
と思いこんでいたが、この世界独特のなにかないかと魔法エンサイクロペディアに聞いてみた。すると出てきたのが草木灰である。草木灰を水に溶かし、それから出る灰汁を使った溶液と油を混ぜながら温めて少しの塩を入れ、乾燥固化させるとあった。
油以外はなんとかなりそうである。ソフィアさんに相談する。ソフィアさんがパン工房にはパンを焼くときにできた草木灰があるということで取りに行く。また、料理人に相談してくれて、オークからとれた油があるというのでそれと合わせて塩も手に入れた。
石鹸ができる。
三階の実験室に行って、三次元プリンターで鉄鍋を作る。
まず、灰汁をつくる。
草木灰を鉄鍋に入れ、水魔法で魔力水を出して軽く混ぜる。通常はこの状態で一日置くのだが、この世界は魔法の世界である。そのために、魔力水を使っている。
僕は草木灰の水に手を入れ、草木灰の中にあるカリウム成分を取り出すよう魔力を込めながら、手でかき混ぜる。次第にぬるぬるになってくるのを確認して、水魔法で、水成分だけを取り出し、別の鉄鍋に入れる。薄い黄色の液体ができている。これが、灰汁となる。
草木灰が残った鍋を洗い、オークの油を鍋に入れ、火の魔道具で温める。そこに灰汁を入れながら、かき混ぜ、混ぜ跡が残るように固まってきたら、塩を入れて固めていく。
まとまってきたら、台所から拝借してきたミント液を香りづけに入れて軽く混ぜて、四角い鉄のタッパーに流し込む。後は固まったら、好みの大きさに切るだけだ。
これを普及させ、手洗いや体洗いを励行すれば、衛生状態も改善していくだろうし、お風呂も楽しくなるだろう。ただ、お湯は魔法で出しているので、お風呂は公衆浴場も作る必要があるかもしれない。
石鹸が上手くできそうでホッとしていると、村長の息子の奥さんをソフィアさんが魔道具工房まで連れてきた。
診療所に一緒に行ってくれと言っている。昨日の患者に問題が発生したかと思い、すぐ出かけると、診療所の前に何人か並んでいる。何事かと思ったら、昨日の足の悪い男が先頭にいた。
足が痛いのかと聞くと、痛くもなくすこぶる調子が良いので、村長の息子のところに報告しに行ったら、鉱山の仕事に明日から戻れるとのことだ。
感謝の言葉を言われるとともに、その話を聞いた病人を何人か連れてきたとのことだ。それで、僕が呼ばれたという事か。
連れてきた患者だけを診療所に入れ、明日の準備もあるというので、足を治した男は帰した。
一人目は老婆で、鑑定すると両眼とも白内障であった。
目の水晶体が濁っている。
多分、視界が狭くなり、動きづらかったはずだ。ソフィアさんを見ると、ソフィアさんが頷く。〝治せ〟と言う事らしい。
昨日もそうだが、まだ、麻酔を作っていない。仕方ないので魔力で顔の周りの痛覚をなくす事にする。掌で眼を覆う。
ただ、痛みはわからないので、声をかける。
「お婆さん、痛いかもしれませんが、少し、我慢してください」
今回は濁った水晶体を綺麗にするために、変成した水晶体の部分を本来の綺麗なものにするイメージをして呟く。
「ヒール」
老婆の目の周りが一瞬、光って、消える。
「お婆さん、どうですか、痛くないですか、眼を開くことできますか?」
老婆がコクコクとうなずく。少しずつ瞼が開く。眼の水晶体を見る限り、問題なさそうだ。
「わっ」
老婆が大きな声をだした。
失敗か、どこかまずいことがあったのか?
「見えます。明るすぎますが、よく見えます。ありがとうございました」
泣き始めた。目は見えるようになったようだ。別室で興奮を収めるため休ませることにした。
もう一人は子供で奥歯が虫歯だった。雑な対応だが、虫歯に侵された部分を取り除き、そこを再生させるイメージで呟く。
「ヒール」
口の周りが一瞬、光って、消える。
やがて、ペッっと、子供が黒く変色した欠片を吐き出した。歯茎の腫れもなくなり、痛みも和らいだようだ。こちらも終わりである。
痛むようだったら、また、来てくださいと言って、送り出す。しかし、診療所から離れようとしない。どうしたものかと思ったら、お婆さんの孫だったようだ。
お婆さんの手をいつも引いているのだろう。お婆さんが別室から出てきたら、手を繋いで帰っていった。
「これから治療費はどうしましょうか?」
ソフィアさんが言う。僕は答える。
「元の世界では、住民全員から保険費用として税金をとっていて、格安の料金で対応しており、治療者には税金をとった役所から、治療内容に応じた治療費を支払っていました。税金をとる街の住民はよっぽどでない限り、診療所は無償としましょうか?
ロベルトさんに治療費や街の整備費のための税金徴収する仕組みを話して、できるだけ住民から治療保険費用を回収するようお願いしましょう」
ソフィアさんが言う。
「無償で病気やケガが治せる仕組みが成り立つかどうかは、一度やってみて、それから問題があれば修正するということで良いのではないですか。でも、やっぱり、神の奇跡を起こし過ぎている気がしています。少し、控えましょう」
ソフィアさんもお婆さんとか子供には弱いようだ。
ロベルトさんがいない、ソフィアさんと僕だけの夕食となる。完全に二人っきりでなく、料理人と家政婦さんがいるだけ寂しくない。
「ソフィアさん、いただいた材料で石鹸を作ってみました。これです。お風呂とか、手を洗うとか洗濯とかで使えます」
「そうですか、私にも一つもらえますか?」
僕は、固めた石鹸を四角に切っただけのものをソフィアさんに渡した。
「あら、いい匂い。ミントね」
「それでと言ったらおかしいですけど、石鹸もできたので、明日、洗濯場も兼ねた公衆浴場を作りたいと思っています。住民はいつでも使えるようにするつもりです」
「なんか、色んな施設ができていきますね。でも、王子しかできないのでは、あとあと困りそうな気もします。そこを考えて作ってくださいね」
「分かりました。僕は独りしかいないので、ソフィアさんの指摘は大事な点だと思います」
言うと、僕は食後のお茶を一口すする。
「お風呂楽しみだなぁ。あと、王子、もちろん、私と一緒に入るわよね」
ソフィアさんが僕に問いかける。
突然の呼びかけに僕はお茶にむせる。
「だってお湯を出せるのは王子しかいないし……」
ソフィアさんが続ける。
「そ、そうですよね。僕しかお湯出せませんし、これは一緒に入るべきですね」
僕はこれから起こる初めてを想像しながら、周りを気にしながら、妄想を膨らませるのだった。




