第70話 迷走
移住が進む。
村長の息子家族が先に移動したのだが、その評判がすぐに広まり、一気に移住が進んでいる。と言っても、全体で二十軒程度の村で、今日はそのうち、五軒をインベントリに入れて移動した。
移動した後、村長とその息子の指示により、持ってきた家を順番に配置。設置したら同じように新品同様になったことに村長の息子家族と同じ反応をして面白い。家に水道を設置すると、さらに驚かれ、あふれる笑顔が僕を幸せな気分にする。
人の喜びは僕の街づくりを加速させる。今は、畑の管理をお願いした息子家族と共同して、小麦とかの主食と野菜とかの栽培を検討している。
僕は確かめたいことがあった。
村からここまで通路を作る時にインベントリに入れた岩泥成分から新しい鉱脈らしき箇所を見つけたのだ。新鉱脈が採掘出来るようになれば、鉄、石炭の増産が出来、村の生産に寄与出来ると考えていた。
その話をロベルトさんにして了解を得ている。ロベルトさんとしても税金としての納品が増えれば覚えもいいだろうし、税収が増えれば家畜、果樹を増やしたりして村の改善にも使えるだろう。
僕は家の移設が済んだ後、一人、村への通路に戻り、新たな鉱脈への坑道を土魔法で作りはじめた。
いきなり魔法で作業した方が早いが、僕は生産の補助作業に徹するべきだと思う。ある程度、掘り進めると新しい鉄と石炭の鉱脈を掘り当て、坑道を補強した状態で作業を中止した。掘り出し、鉱物を運ぶ作業は村人にお願いするとして、この鉱物資源で村も潤えば良いと思う。
僕は、一旦、村の入り口に戻り、坑道の入口から少し離れたところから王都の方角へ掘り進める。
この村は王都からこの鉱山のある山を回り込むように道が続いている。途中の村はその周り道の途中にある村になる。アイデンスタッドの街からは山があって見えないが、方角的にこの鉱山の入口から真っすぐ奥にトンネルを作れば、王都への道が大幅にショートカット出来るはずなのだ。
風魔法を使って、トンネル内の空気を入れ替えながら、土魔法で先を崩し、周りを固めながら黙々と進んでいく。どれくらい進んだのかよくわからないうちに、外の光が見えてきた。
大きく開口部を開けてトンネルが完成する。
見ると林のなかに出てきたようだ。木をサーキュラーブレードで切り倒し、切り倒した木をインベントリに格納しながら進んで行く。これを数十分繰り返して街道に出た。
王都へ続く道だと思う。
小道程度の広さの道になるように切り株を土魔法で掘り出し、出来たデコボコをならしながらトンネルの入口へ戻ると街道までの一本の小道が出来た。当面この道は秘密としたいのでトンネルの入口を土魔法で扉をつくって、外から開かないように扉に閂受けを作って閂をかける。
空気取りの穴を入り口から数m上に開けて、村の入り口まで帰る。外に出るとこちらの入り口も土魔法で扉をつくって塞ぐ。秘密の通路を作ったことでウキウキした気分になった。
昼はソフィアさんと魔道具工房で魔道具作りである。
ソフィアさんも大分慣れ、また、昨日の改修作業もスムーズに進めている。魔法のセンスはなかなかのものだ。作業中に、今日、見つけた新しい鉱脈と作ったトンネルの話をする。
「王子、働きすぎです。でも、両方ともこの街にとっては将来的に有用ですね」
ソフィアさんが感心したように言う。
「次は、日常雑貨が必要ですね。お風呂や洗濯用の石鹸とか、衣料品に使う布とか、後は、紙とか、ペン……考えると必要なものがたくさんあります」
僕が言うと、ソフィアさんは少し真面目な顔をして返してきた。
「王子は何を焦っているのですか? 私も含めてですが、住民は今でも十分満足だと思いますよ。いつでも水が使えて、臭くないトイレがあって、夜も明るく、安全で。また、住んでいる家はガラス窓が大きく明るい。これ以上何が必要なのですか?」
「そうですね……僕の自分の知識でソフィアさんを含めて、皆を驚かせてみたいのです。夢だと思われる世界を見せたいのです。おかしいですか?」
「おかしいとは思いませんが、急すぎます。信じられないかもしれませんが、村民も私もロベルト兄も……王子が変えていく世界が、恐ろしいとさえ感じているのです。王子には新しくしていく世界でやることがありますが、私達は置き去りにされて、足手まといのように思えてくる時があるのです。私も……王子と同じ歩幅で歩いていきたいのです」
僕は絶句する。
そうだ、ソフィアさんの言うとおりだ。僕の世界の常識を押し付けて、それを教授することを強要していたのではないか。
僕は神になったつもりだったのだろうか?
いや、違う。
僕は、ただ、この世界の人を少しだけ幸せにしたかっただけだ。生きるための労働だけでなく、生きることそのものを楽しめる世界を作りたいと思っていたのだ。魔法が使える万能感が、僕の感覚を狂わせているのかもしれない。
すとんと、胸のつかえが落ちる感覚があった。足元がぐらつくような落ち着かない気持ちが、すーっと静まっていくような気がした。
「王子、どうしました……?」
僕が黙り込んだのを心配して、彼女が声をかけてくる。その声でハッと現実に引き戻されていく。これまでの村民たちは、その生活に満足はしていなかったかもしれないが、十分暮らしていけていたのだ。
「ソフィアさん、ありがとうございます。なんだか目が覚めた気分です。僕が本当にやるべきことがわかりました」
僕が少し大げさに返すとソフィアさんは手招きをした。吸い寄せられるように近づくと、ぎゅっと強く抱き寄せられた。
「王子は私を残してどこにも行かないと言いました。私はもう王子を離しません。これは約束ですよ。約束守れますか……。〝はい〟と言ってください」
「はい……」
僕が小さく答えると、ソフィアさんが耳元で囁くように言う。
「私もひとつ約束させて下さい。これから村の噂が広まれば、移住者はさらに増えるはずです。ですが、人が増えれば大変なことも増えます。住居は王子の力で解決できても、食料不足は必ず起こります。王子のインベントリで今は賄えても、人が増えれば足りなくなります」
「どうすればいいでしょうか?」
「商人の力が必要になると思います。崖の下の村には定期的に行商人が来ているようですが、多分、それだけでは足りないでしょう。この街の固有の名産品を作って、交易する市場を作ることが肝要です。これにはフローラさんの商会の力を借りましょう」
「ソフィアさん……そこまで考えていたのですか?」
抱きしめていた腕をほどいて、ソフィアさんは僕の顔を覗き込む。
「たまたま思いついただけですよ、王子。……でも、この気持ちはたまたまではありません」
そう言うと、ソフィアさんの唇が僕の唇にそっと重なった。




