第64話 新しい形
新しい街を作る。
その思いを皆さんに伝える。昼食の支度をしていた皆さんは驚きの表情を作る。
「ご飯を食べ終わってから見に行きませんか?」
僕が話すと、
「どうやって行くの?この上よね。梯子?」
と、ソフィアさんが話す。
「いや、道を作りましたから、馬車で行けますよ。一緒に行きましょう」
僕が返す。
「王子は仕事が早いわね。じゃ、皆で見にいきましょう」
ソフィアさんが言うと、アンナさんとフローラさんがうなずいた。年齢なのか、上下関係があるように思えた。
「明るいね。坑道って、こんなに明るいの」
アンナさんが言う。
「迷わないように、坑道の道沿いに魔法陣で灯りをつけました」
僕が言うと、
「王子、魔力は大丈夫?少し、顔が蒼いけど」
フローラさんが心配そうに顔を覗く。
「少し、気分が悪いけど、まだ大丈夫です」
馬車の中での会話である。
御者はロベルトさんにお願いした。
馬車で上り下りできるように緩やかな傾斜をつけたので移動は問題ないが、思ったより時間がかかったように思えた。
馬車の中に自然光が入ってくるようになった。もう少しで、崖の上の台地にでる。皆の驚く顔を見て僕も自然に笑い顔になる。
「なに、コレ」
「凄く平坦で何にもない」
「凄い、私も見たことない風景だわ」
皆さんの驚きが快い。そうだ、この土地は誰にも見つからなかった土地なのだ。
「村長さんにも聞きましたが、村人も知らない土地らしいです。見た感じ、凶暴な魔物や動物もいません。土壌も調べましたが、肥沃な土地で、作物も上手く育てられそうです。
それにはなんか理由があるのかも知れませんが、この土地に新しい街を作ろうと思っています。いかがでしょうか?」
「この土地で自給自足出来れば、簡単に攻め込まれない。良い考えだと思うわ」
ソフィアさんが言う。
「ここに、この世界で見たこともない街がつくれないかと思っています」
「素敵」
横にいたフローラさんがほほ笑む。その笑顔に励まされるように僕の体から力が湧き上がってくるのを感じた。
心配されながらも、僕は独りこの台地に残り、出入り口の補修をしていた。
開いていた穴の上に雨対策の屋根をつけ、また、出入り口に上向きにスロープをつけ、雨水の侵入を防ぐようにした。さらに、簡単な扉をつける。合わせて、通路に置いていた魔法陣をすべてライトの魔道具に変更した。
これから街づくりである。
この台地を紹介した後、フローラさんとアンナさんは一旦王都に戻り、アルベルトさんとオルフェス先生、マチルダさんへ報告と今後の生活に関して話合いをすることになった。ロベルトさんは村の管理、ソフィアさんは僕の監視ということで居残りということになった。
この土地の処遇がどうなるか分からない状態ではあるが、広大な土地を初めて自由に開発できる興奮に駆り立てられ、僕は街の範囲を決めるべく、壁作りを始めることにした。
目標は3万人程度の街をつくることにした。
それに相応しい面積としては50平方km程度だが、いきなり広大な壁の構築は難しい。まずはこの一角からだ。
当面、崖側と川側には壁は不要だと考え、村からの出入り口を中心として、川から500m、崖から500m程度の二面の壁を作ることにした。この壁を作るのに、先に穴を掘るときにインベントリに入れておいた岩を砕いて粘土と混ぜて強度を保つように硬化させることにした。
インベントリから岩をだし、砕いて、粘土と捏ね、これをインベントリに保管して、目的位置に設置する。高さは2mで厚みを1mとする。
「アース・ブレイク・ミックス」
移動して、目的位置まで土の線を引く。
「アース・ストレイト・ライン」
この土のラインの上に、インベントリから捏ねた土を置いていく。
「アース・ウォール」
5mの長さの壁ができた。これを繰り返して、繰り返して、吐きそうになりながら、川の近くまで引く。これで川までの壁は完了。
一休み。
草の上に寝転がる。青い空を雲が過ぎていく。ふと、会社を想い、彼女を思い出そうとする。顔が思い出せない。不思議な焦燥感が襲う。その気持ちを抑えるように、今は、その時でないと考える。
街を作って、色んな人がやってくれば、僕を元の世界に戻す情報を持ってくる人も現れるだろう。知識を集める街をつくる必要がある。
そうだ、まだ、まだだ。と、魔力疲れの中で眠ってしまった。
軽い眠りから目覚め、釈然としない頭の中で壁作りを続けて、川から作った壁の先から、崖側に土のラインを引き、そのライン上に壁を伸ばした。なんとか、これで山側からの未知の動物の襲撃に耐えられるのではないかと思えるようになった。
まぁ、耐えられるかどうかは別の問題かもしれないので、それは、その時考えるようにしよう。とりあえず、今日はこれで良いのかもしれない。作成した入口から村へ戻ることにした。
結局、また戻り、僕は設置した魔道具工場で寝泊まりすることにした。しかし、もれなくソフィアさんもついてきた。何もないところだし、何か出るか分からないことからお断りをしたが、村に居るのも同じだということで押し切られ、今、一緒にいる。
村長から古い空き家をお借りして、インベントリで持ってきたので、彼女用の住処として魔道具工場の横に設置する。クリーンの魔法で綺麗にする。
「クリーン」
古かった家が新しさと清潔さを取り戻す。
「王子の魔法に驚かないようにと思っていたけど、いつ見ても驚いてしまうわ」
家に入り、寝室に彼女の部屋からもってきたベッドを設置し、その他のクローゼットとかを設置していたら、急に部屋が狭くなったような気がしてくる。
「王子、とりあえず、ベッドだけでいいわ。後のは仕舞ってもらえませんか。必要だったら、また、お願いするから。それと、パン工房をこの家の隣に出して、今日のパンを焼いておきたいの」
「分かりました。やっておきます」
「あと、王子のベッドはどこ?私を一人でここに置いておくってことはないわよね」
僕は、魔道具工場で寝泊まりすると言っていたはずで、これはソフィアさんも知っているはず。でも、彼女一人にするわけにはいかない。
「こっちの食卓用のテーブルのある部屋で眠ることにします」
「良かった。私、一人の家で眠ったことがないのよ」
「それならば、手伝いの人をつれてくるべきでしたね。申し訳ありません。無理にでもお願いすべきでした」
「いいえ、そんなつもりで言ったわけではないの」
と言いながら、ソフィアさんは、あれこれと食事のお皿とかカトラリーとかを食卓近くの棚にしまっていく。
そんな彼女の何故か、いそいそした仕草を横目に見ながら、家の外にでると、インベントリからパン工房を取りだし、家の横に設置した。現在の街にあるのは、パン工房と村人の住居と魔道具工場となる。
崖の先に見える広大な土地とその先に落ちる夕陽に、照らされる三つの住居を眺めていると、今の街の広さにこれからのやることの多さが押し寄せてくる。感傷に浸っていると甘いソフィアさんの匂いが風に乗って鼻腔をくすぐる。
「王子、食事しましょう」
いつの間にか傍にいたソフィアさんが声をかける。素敵な笑顔で僕を見つめている。僕のやることを信じてくれているこの街の最初の住人である彼女を守ることが少なくとも、今の僕の使命であることを改めて感じる。
「分かりました」
その決意も含めて、応じた言葉だった。
僕は食事を終えた食卓で魔道具を作ろうとしている。
日本にあった冷蔵庫を実現する魔道具である。これがあれば、僕のインベントリをつかわずとも食料の長期保存ができる。
ソフィアさんは疲れたのか、となりの部屋で休んでいる。ライトの魔道具で明るくした部屋で、氷の魔法陣と風の魔法陣の組み合わせでできるような気がして色々組み合わせているが、上手くいかない。
どうも、魔法の使い過ぎで、まとまらない感じだ。考えがまとまらず、もやもやしている。上手くいかずに頭を抱えていると、ソフィアさんの部屋から小さな泣き声が聞こえてきた。どうしたのだろう。
心配になってソフィアさんの部屋に声をかける。
「ソフィアさん、どうしました?」
泣き声が止む。声をひそめている気がする。
「ソフィアさん、入りますよ」
僕は部屋に入る。
「ソフィアさん、どうしたのですか?」
僕はソフィアさんの寝ているところに近づく。
ソフィアさんは僕に背中を向けていた。
「ソフィアさん、大丈夫ですか。何かあったんですか?」
「いや、なんでもないの」
ソフィアさんがか細い声をだした。
「本当に何があったんですか?」
僕はベッドのそばで顔を見るように声をかける。もぞもぞと彼女が振り向く。涙の跡がライトの魔道具の灯りで見える。
「何か、寂しくて、寂しくてどうしようもないのです。王子が悪いとかそういうのでなくて、どうしようもない遠いところにきた気がして、寂しいのです」
彼女が答える。
僕は無言で彼女のベッドの傍らに腰掛ける。
無意識に寝ている彼女の頭に手をかける。
彼女はビクッと反応するが、すぐに動かなくなる。
緊張が伝わってくる。
僕は頭をできるだけ優しく撫でる。
「僕は母を知りません。また、兄弟というものも知りません。父は仕事でいないことが多く、いつも独りでいました。だから、貴方の気持ちも正直に言ってよくわかりません。
だけど、僕が大事にしないといけない人であることは分かっています。もし、僕にできることがあるなら言ってもらえないでしょうか?」
ソフィアさんは無言である。
僕は少しゆっくり彼女の頭を撫でる。
「王子、私の横で寝て抱きしめてください。私がどこへも連れ去られないように」
と言って、彼女は僕に背を向ける。
「でも、それは許されることでは無い……。と、考える訳にはいかないということなんですね。わかりました」
僕は彼女のベッドに添い寝する形で横たわり、彼女を背後から抱きしめる。ゆっくりと、おそるおそる腕を回して。僕の息が彼女のうなじにかかって彼女の匂いが舞い立つ。
ソフィアさんが急に振り向いた。涙の跡がついている。
「王子、好きです」
彼女が僕に手を回し、キスをしてきた。
僕もそれに応える。
「ソフィアさん、僕もあなたのことが好きです」
「やっと言ってくれた。嬉しいです。女にこんなことを言わせる王子は狡い人です」
彼女は涙を流しながらキスを繰り返す。
彼女の熱い気持ちの中で、僕は、新しい使命ができたのを感じていた。
それは僕を興奮させる。




