第60話 運命の人
運命の人。
フローラさんの衝撃的な言葉だった。何かが始まるのかと身構えていたのだが、その後、特に何もなく魔道具の作成にお互いに没頭した。
その間に、僕は隣に出来たパン工房へ窯を設置することをこなし、戻ってくると当然、フローラさんは青い顔して休んでいた。
こちらの方にやっと顔を向けて言う。
「王子、申し訳ありません。少し、気分が悪くて、休ませてもらってます」
「あー、ごゆっくりどうぞ。念のために、僕が作ったポーションを飲んでみてください。少しは気分が改善するかもしれません」
先日作成した最高品質ポーションをインベントリから取り出し、フローラさんに渡す。渡すとゆっくり飲み始めた。
少しずつ顔色が赤みを増してきたような気がする。
「頭が重い感じが消えていくような気がします。もう少ししたら、また、作業出来そうです」
「何枚くらい出来たのですか?」
「まだ、50枚です。もう少し、頑張ります」
「初日ですし、それくらい出来れば上出来ではないでしょうか?僕もまだ60枚程度です。先は長いですよ」
「いや、私は販売の方もありますので、それまでに何とか、製造でお役にたてればと思っております」
彼女の水色の目が綺麗だ。
そして、その目の奥には深く沈んでいる決意があった。
フローラさんと僕は頑張って、目標の火の魔道具を200枚、ライトの魔道具を100枚、魔石ボックスを600個のあらかたをその日のうちに作り終えた。フローラさんは何度か倒れながらも頑張り、僕はそれにつられるように作業をした。
明日は最終的な見栄えとか梱包とかの作業になると思われ、それに関しては、ソフィアさんか、アンナさんに手伝いを依頼しようと思う。
夕食後の話になる。
フローラさんは、オルフェス先生に魔道具の販売に関して話し出す。
「明日、午後に商会から荷馬車がきて、新しい材料を持ち込み、それから、最初の魔道具の引き取りを行います。
また、販売に関してですが、お父様と話して、火の魔道具、光の魔道具、魔石ボックスをそれぞれ、10万G、5万G、1000Gでこの一か月で販売する予定でおります。
製造原価は、王子と私で対応しましたので、労務費を0として原材料価格のみで約2%。販管費および工場建設費で約500万G、これが販売額の約20%になります。これらを引くと、純売上が販売額の78%で約2000万Gとなります。
第一王子へ半分を渡すとして、当商会が600万G、学院が400万Gの利益となります。但し、この計算値はこの国で使う12進法でなく万国共通の10進法での計算結果です。
今後は、現在の販売価格にプレミアムが入りますので、これ以上の金額が毎月、学院の口座に入ってくると思われます。さらにマチルダさんから依頼された高品質ポーションの販売に関しても、学院には、月に80から100万Gが入ります。
合わせると月500万Gの収入となり、現在の学院の警備体制ではこの財産を守れないと思われ、そこで、提案ですが、この収入を私ども商会に年利4%の運用でお貸出しいただけないでしょうか?」
オルフェス先生は考えている。
日本円で考えると1G=10円のようで、月に5000万が入ってくる。凄い金額だと思う。オルフェス先生が考えているのは、金額が金額だけに、フローラさんをどこまで信用していいかという事だろう。
フローラさんは続ける。
「王子は私の運命の人です。王子に求められて私は魔術師になりました。信用してください。私は王子を裏切ることはありません」
フローラさんは何を言い出すのだろう、嘘ではないが、すべてが唐突過ぎる。
「王子、今のフローラさんの言う事は正しいのですか?」
オルフェス先生が僕に聞く。
「概ね正しいです」
「そうですか。もうそこまでの関係に……」
「いや、誤解しないでください」
と言って、今日の魔道具製作において、フローラさんのステータスを見て、魔法が使えると分かり、彼女が魔力が放出出来ないのを手伝い、魔法が使えるようにして、魔道具製作を手伝ってもらったことを話した。
その時に、インベントリにあるアレクサンドライトの石が光るのでそれを説明して取りだし、それに触ったフローラさんがいきなり運命の人だと僕を呼ぶようになったと話した。
「王子、まだ、秘密を隠し持っていたのですか?」
「何も隠しているつもりはないです。そんなに大事なものだと思わなかったもので……」
と言いながら、インベントリからアレクサンドライトの石を出した。
「申し訳ございませんが、フローラさん、ウォーターの魔法を使ってみてください。そうすれば、言っていることに嘘がないと分かってもらえると思います」
「分かりました」
と言って、フローラさんがウォーター魔法を唱えるたびに、掌から水がコップにこぼれ、アレクサンドライトの石が光って消える。
「こういうことなんです。それで、この石にフローラさんが触ったら、その石から色んな情報が入ってきたようで、それから、僕は彼女が言う運命の人ということになりました」
僕が説明する。
「なるほど、この石ですか?」
オルフェス先生が手に取って見ているが、何も変化しない。
「母の手紙が変化して、この石になりました」
オルフェス先生は石に鑑定をつかったのだろう、母の手紙も読めたのかもしれない。
「確かに、この石は王子を助ける人を見極めるようです。
この石には、魔法界の母であるカタリナ・フォン・グリムの力が込められております。それからわかることですが、王子のお母さまはカタリナ様という事です。そして、この石を持っている王子には、いくつものカタリナ様の加護が付与されております。
よく鑑定して見ると、この石には名前が刻まれています。私どもの名前もありますし、フローラさんのお名前もあります。ここで、フローラさんが使われた〝運命の人〟の表現なのですが、この石は、王子をこの世界で守るために各魔法カテゴリーから必要な魔術師を選ぶようです。
水魔法からはフローラさんが選ばれております。フローラさんは水魔法の教祖となるような資質をお持ちなのではないでしょうか?
残念ながら、私の娘のソフィア、アンナは選ばれておりません。どういう条件があるのか、分からないので、王子は今後、この石の動きを注意深く見守る必要があると思います」
ここで、オルフェス先生は、一旦、話を止め、今度は、フローラさんに向かって言った。
「フローラさんの提案ですが、当面、私達が使う必要のないお金です。どうぞ、お好きに運用していただいて結構です。私もこの国に新しい土地を探しており、その時の費用にしたいと思っております。それまで増やしていただくと助かりますので、フローラさんにお任せします」
「そこまで信用していただくのも恐縮ですが、決して、損をしないような運用に心掛けます。現在の収入で計算すると、3年で2億G程度になります」
この金額が僕の生まれた地方都市の年度予算並みであり、その時、町は5万人程度の人口だった。この世界は都市としてのインフラレベルが低いのでそれくらい予算があれば、税収がない状態で5万人程度の町を運営するには十分でないかと思える。
「かなりの金額ですね。大きな街が作れそうです。ある程度の制約を受けるかもしれませんが、土地探しをハインリッヒ王子にお願いする必要があるかもしれません」
オルフェス先生は新しい街を夢見ている。
いいのか?このままで。僕はそこで都市の王子として、運営責任者としてやっていけるのだろうか?
決意を持ったオルフェス先生とフローラさんの顔を見ながら、僕はこれから起こる未来に思いをはせる。




