第52話 お手柔らかに
魔道具の量産に目途が立ちホッとしていると、ミーナさんからご飯の呼び出しがあった。そういえば、今日は、お昼にソフィアさんの作ったパンだけしか食べていない。急にお腹がすいてきた。さきほどできた量産試作の魔道具とそれでできた魔道具をインベントリに仕舞ってソフィアさんと母屋へ行く。その間、ミーナさんが火の魔道具で料理が上手くできたことを満面の笑顔で報告してくる。
「上手く使えて良かった。使う皆さんが喜んでもらえるのは本当に嬉しいです」
と、僕が答えると、
「私もこんなに簡単に料理ができるのが嬉しいです。ソフィアさんも手伝ってくれて、さらに料理がおいしくなったと思います」
なんて素敵な笑顔ができるんだろう。見ていると僕も幸せな気持ちになってくる。それを感じたのか分からないが、ソフィアさんが急に手を絡めてきた。彼女が僕を見つめるたびに甘い匂いが鼻腔をくすぐる。こういう場合はどうするんだろう。僕は分からず、母屋への短い距離、流れに身を任せる。
既にオルフェス先生、マチルダさんは席についており、アンナさんもいた。しかし、アンナさんは僕に視線は合わせてくれない。得意げにソフィアさんがパンの説明をし出した。
オルフェス先生、マチルダさんはその説明を満足げに聞いている。アンナさんの表情はよくわからないが、パンを手に取って眺めている。説明が終わり、オルフェス先生とマチルダさんがそれぞれパンを手に取り、食べ始めた。
「なるほど。ふわふわでやわらかいパンだ。飲み物がなくても食べられる。凄いね。是非、ギルドに登録申請しよう。王子の知識はこの世界を変えていくかもしれない。ますます、一人で王子は外に出せないのを痛感するな。
このパンの件は王子に甘えて学院からの申請としよう。ソフィア、マチルダ、手続きをお願いするよ。王子からは何かありますか?」
と、オルフェス先生から話を振られる。
「僕からはパンに関しては何もありません。それより、魔道具に関してはいかがでしょうか?試作してみたんですけど」
「王子は仕事が早いね。もう、出来たんですか、何処にあります?」
オルフェス先生が言うと、ソフィアさんが答える。
「王子が試作したのはライトと火の魔道具です。ライトの魔道具はこの食卓に置いてます。お父さんとお母さんの間の前にある大理石の円盤です。乗っかっている長細いブロックが魔力を供給していて、それをずらすとライトの魔法の光が消えて、また、合わせると点きます。
火の魔道具は私が料理したものを見て下さい。ミーナに教えてもらったけど、初めてにしてはシチュー、上手くできたと思います。こちらも同じ長細いブロックで火がついたり消えたりします。本当に使い方は簡単でした。でも、簡単にブロックがずれるので、まだ、使い勝手は改善する必要があるというのが私の感想です」
「どれどれ、おっ、これか、気づかなかった」
オルフェス先生が手を伸ばして灯りの魔道具を引き寄せる。その時、魔法ブロックがずれて灯りが消える。
「ソフィアが言うのはこういう事か、それで、コレを合わせると、おっ、ついた。凄い、簡単だ。それに熱くない、おまけに火が出てないので火事になる心配もない。マチルダはどう思う?」
「凄い、インテリアかと思った。テーブルに置いても違和感がないわ。高級感もある。簡単に消えるのは改善するとしても。何かあったら、すぐ、魔道具が動作しなくなるというのはある意味安全よね。
でも、魔法陣はどこにあるのかしら。うーん、そうか、石板を二枚貼り合わせてあるのか。それは魔法陣の保護にもなり真似もしにくくなると言う訳ね。ある意味凄い仕組みね」
マチルダさんにも、一定の評価をもらう。インベントリから水晶の基板を出して、僕は続ける。
「この基板は片面にライトの魔法陣、片面に定着の魔法陣を施しました。このライトの魔法陣を魔法インクでなぞると魔法インクが魔法陣の上に盛られます。この状態で別の石と合わせて、定着の魔法陣を動かすと簡単にライトの魔法陣を定着することが出来ます。
この時点では、魔石を中心核に乗せることにより魔法陣は動作させることができますが、これに石板を重ねて、魔法陣を見えなくし、魔法陣の中心核から魔力入力部を重ねた石板の上に取り出すようにしました。
魔法インクが同じ魔力とは親和性があり、別の魔力には反発する性質から、僕が作った魔法インクの魔法陣は僕が作った魔法インクの魔石ボックスじゃないと使えない事になります。コレが真似出来ない仕組みとなります」
「魔道具だけでなく魔石ボックスという燃料も独占することができるというわけね。素晴らしいわ」
マチルダさんからさらに褒められる。
僕は顔が緩むのを抑えながら、
「魔法インクは僕が作りますが、魔道具、魔石ボックスに関しては別の人が作れるようにして効率化を図ることができます」
「なるほど、魔道具と魔石ボックス作成作業は王子がいなくてもなんとかなるわけね。凄いわ。いざとなれば、魔力のある学院生を雇ったり、魔力が無くても定着の魔法陣を動かせる魔石を使えば誰でも作れるようになるという訳ね。何か、お金が渦を巻いて集まってくる未来が見えるわ」
マチルダさんがつぶやく。
「早急に事業化が必要だなぁ。明日は王子共にレバークレーゼン商会へ行って話を詰めてみよう。よし、お腹が空いたな、とりあえず、ソフィアが作ったシチューを頂こう」
オルフェス先生がソフィアさんに指示する。ソフィアさんは一旦下がるとワゴンを運んでくる。ワゴンには火の魔道具の上でぐつぐつ音をたてるシチュー鍋があった。
「自信作です。美味しいですよ」
ソフィアさんが言いながら、配膳を始める。
「熱いので気をつけてください」
それを見ていた、オルフェス先生が叫ぶ。
「なんだ、コレは。そうか、コレが火の魔道具の真骨頂か。何処でも火が使えるという事は煮炊きが庭でも外出先の何処でも簡単に出来るという事だ。どんな時もどんな場所でも、熱々の料理が食べられるのだ。時間がかかる旅の食事の定番である乾パンと干し肉も王子の魔道具が普及したら必要なくなる。そして、この魔道具が普及すれば、この世界は変わって行く。変わってしまう。王子、あなたは何を変えようとしているのですか?」
興奮した口調でオルフェス先生が話す。
僕はそんなオルフェス先生をただ無言で見つめる。
「いや、いや、冷静になろう。王子は何も考えていない。王子は作りたいから作ろうとしているだけだ。我々はそれを受け止め、それに従い、王子を支えて行くのだ。
王子は動けば動くほど世の中を変えてしまう。そして、それを喜ばない人もいる。その人達から王子を守るのが我々の使命だ。そうだ、そうだった。我々は、王子が生み出す奇跡を皆に布教する使徒なのだ」
と言いながら、シチューを食べだす。
僕は神ではないのだけど。
「熱い、でも、美味しい。ソフィア、成長したな」
オルフェス先生からソフィアさんがお褒めの言葉をもらう。はにかんだ笑顔が可愛い。満足気だ。見ると、アンナさんが僕の方を睨んでいる。やはり、以前のことを根にもっているのだろうか。
まぁ、見なかったことにしよう。
「王子の魔道具作りとかポーション作りとかパン作りをやり始めるとしたら、私達だけでは絶対に無理よ。学院の授業だってあるし、私達がいなくてもできる仕組みを作る必要があると思う。魔道具作りに関しては、オルフェスが事業化するにしても、監督は別の人を用意すべきよ。
また、ポーション作りに関しては、私とアンナが頑張るとしても、補助する人間が必要ね。パン作りに関しては、工房含めて新たに作る必要があるし、それができるまでの販売は学院のお昼に販売してみるか。食事として出して試験販売をしてみましょう。評判がよければ、王都内にお店を持って販売するのも良いと思うわ。これはソフィアとミーナでお願いしたいわ」
シチューは確かに美味しい。煮込んだ野菜とお肉のうまみが出ている。また、パンをつけて食べるとさらにパンも美味しくなる。
「このパンも美味しいな、ソフィア」
オルフェス先生も同じように食しながら、ソフィアさんがさらにお褒めの言葉をもらう。ソフィアさんも座って食べだすと、話し始めた。
「私、プチファイアの呪文を覚えたので、火の魔道具がなくても火は簡単に扱えるのよ。だから、パン窯に火をつけるのが簡単にできるのよ」
「へー、練習したんだ。偉いね、頑張って覚えたのね」
マチルダさんが言うと、
「王子が教えてくれたのよ。というか、自分の魔法をコピーしてくれたのよ。そしたら、普通に使えるようになったの」
と、さらっと言った。
「えっ」
驚きの声が重なった。
「どういうことですか、王子。説明していただけますか?」
オルフェス先生が質問する。
「えー、定着のスキルです。先ほどお見せした量産基板の魔法陣もこの定着のイメージで魔法陣化しています。このスキルでプチファイアをソフィアさんに定着させました。属性が同じだったのでソフィアさんでは苦労しなかったのですが、属性がなくても初めての魔法にあった魔法陣の属性変換回路が動作するはずなので、魔力は多めになりますが使えるようになりますよ」
僕が言うと、オルフェス先生がすかさず、質問をする。
「もし、ですよ。私がプチファイアの魔法が使いたいと言ったら、王子ができるようにしてくれるということですか?」
と、オルフェス先生が言う。
「はい、多分、皆さんなら大丈夫かと。何なら、クリーンも大丈夫だと思います。あっ、でも初歩魔法だから、それは、皆さんお持ちですよね。ただ、効果の範囲ですが、魔力量の制限がありますので、限定的になると思いますが……。それでもよかったらという条件付きになら、使えるようになると思います」
と、僕が言うと、オルフェス先生がさらに言葉を繋げる。
「では、魔法の授業を受けている生徒にもそのスキルを行うことができるのですか?」
「可能ですけど、使うことはできないと思います。魔力の放出ができないと魔法自体が発動しませんので」
「王子、聞きようによってはですけど、あなたは、プチファイアをソフィアに定着させる時に、ソフィアの体を弄ったということですか?」
マチルダさんが斜めの質問をしてくる。
「(ステータスを)弄ったと言えばそうですが、ソフィアさんは受け入れてくれたと思います」
「王子、なんてことをするのですか?ソフィア、痛くなかった?そうなって欲しいとは思っていましたが、会ってすぐ奪ってしまう獣のような性格を隠していたんですね。ひどくないですか?」
マチルダさんが軽蔑の眼差しを向けて、席を立ち、鬼の形相で僕に近づく。
「マチルダさんも火属性を持ってらっしゃるようなので、すぐ使えると思います。やってみますか?」
鬼の形相が止まる。そして、考え込むような顔になった。
「……つまり、痛くもなければ、体に触る必要もないということ?」
「はい。ステータスを見せていただくだけです」
「えっ、王子。皆の前ですよ。恥ずかしくないのですか?」
「怖かったら、目を瞑っていても良いですよ。すぐ済みますから」
「王子は強引ですね。私は人妻ですよ」
「そうですね。旦那様はオルフェス先生です」
「その旦那が目の前にいるのですよ」
「問題ないと思います」
「オルフェス、問題ない?そう、じゃ、お手柔らかにお願いします」
「じゃ、ステータスを見せてもらえませんか?いや、服は脱ぐ必要ありませんよ。怖かったら目を瞑っていてください」
マチルダさんが体を強張らせ、目を瞑る。
「我慢するけど、痛くしないで」
「じゃ、今から行います」
僕の鑑定のスキルでマチルダさんのステータス画面を表示し、火魔法の項目をタッチする。出てきた火魔法一覧に僕のプチファイアのイメージを
「定着」
と呟く。一旦、火魔法一覧を閉じて、再度確認してみるとプチファイアの項目があった。問題ない。
「マチルダさん、終わりました。使えるようになったと思います。呪文を唱えてみてください。魔法が発動すると思いますよ」
「えっ、もう終わったの。痛くなかったけど、なんとなく、体のどこかを触られ、何かが加わった感覚がある。これがプチファイアなのね」
「天地の理に沿って、私は指先に火をともす、プチファイア」
マチルダさんが一連の詠唱をすると、見事にプチファイアを実行することができた。
「凄いわ、王子」
「オルフェス先生もアンナさんも使えるようになりますが、いかがしますか?あっ、属性的にクリーンの方がいいですか?」
「もう、食事どころではなくなったな。やれやれ」
オルフェス先生が力なくつぶやく。
「違う、何か、違う。そうじゃない」
どこかから聞こえてきた。
アンナさんなのか?




