第48話 王宮
王宮は広過ぎて、何処に何があるかもわからない。馬車で連れられて、検問を受け、門をくぐったのは分かったが、それから、どれだけ乗ったのかも、よく分からなくなるくらいかなりの時間、王宮を移動していた。ひとりでは到底帰れそうに無い。果たして、何人の人間が建物の位置を正確に把握しているのだろうか。
オルフェス先生から事前に説明があったが、今回会う第一王子は王のいる王城ではなく、西の離宮にいるとのことだ。どこの国にもある次期王への権力闘争はあるようで、この国も御多分に漏れず第一王子派と第二王子派に分かれているらしい。
現在、第一王子が王太子として任命され、現王に次期国王と目されているが、情勢次第では東の離宮にいる第二王子が王になる道もあるようで、まだ残るこの不安定さが僕に会っても良いと判断した理由なのかもしれない。そうでなければ、レバークレーゼン商会の資金が目当てなのか?
どちらでも良いのだけれど、彼に気にいられなければこの国を出ていく選択しかなくなるような気がする。オルフェス先生一家を巻き込んでしまったことを申し訳なく思ってしまう。横を見るとオルフェス先生も緊張しているのか、先ほどから笑顔が見えない。誰が聞いているのかもわからず、色々と話すこともできない。僕も緊張してきた。
西の離宮につくと、広間に案内された。2~3m先の向かいにはよくある王座という一段高い席が用意されている。それに合わせるように立膝で顔を伏せて待つオルフェス先生の横で所作を僕も真似る。待たすことで緊張を高め、本心を聞きだすといった会話の手法があるのかもしれない。無言でいるとさらに緊張が高まり、手に汗を握っている感覚になる。
やがて王座横の扉が開き、第一王子が入場してきた。大きなストライドなのだろう、カツッ、カツッ、と静かだが、はっきりした靴音が聞こえ、やがて、静かになり、王座に座る気配がした。同時にゆっくりと探るような視線を感じた。
「予がハインリッヒである。願いを申せ」
少し甲高く、それでもしっかりした声がした。オルフェス先生が話し始める。
「恐れながら、私は王都で魔法学院を営んでおりますオルフェスと申します。今回のお目通り感謝いたします。今回は、脇に控えておりますラインハルト殿の庇護をお願いに参りました」
オルフェス先生も幾分緊張気味であり、声がひときわ高くなっている。
「よく見てみたい。顔を上げろ」
オルフェス先生から手振りで促され、僕は顔を上げ、ハインリッヒ王子を見つめる。若い。18歳くらいか。金髪の王子だ。目が異様に大きく見開かれている。僕の心まで見透かそうとしているようだ。隣には保護者のような思慮深そうな人物もいる。
「なんだ、普通の男ではないか、特別な何かがあるのか」
「恐れながら、彼は魔法の達人です。その才はこの国を変えるだけの力があると私は思っており、その力を殿下のために使用することがこの国の繁栄に寄与すると考えております」
「魔法か、戯言を。余を惑わす気か?」
「恐れながら、そんなつもりは毛頭ございません。彼は正真正銘の魔術師で、この国の似非魔法使いとは違います。その違いをお見せします」
と、オルフェス先生は答えると、僕にライトの魔法を使うように小声で指示した。僕は指示された通りにライトの魔法を使う。呪文を小さく呟く。
「ライト」
明るい光を放つ玉が僕の上空2mで輝く。
一瞬、第一王子の顔が驚きに変わった。しかし、すぐに元に戻る。オルフェス先生が僕の顔を見て、手を上から下へ下ろす。多分、ライトを消せということなのだろう。
「ライト停止」
そう呟くと、灯りが消えて、先ほどまでの部屋の暗さを取り戻し、さらに静けさが訪れた気がした。
「面白い奇術だ。種明かしはできるのか?余の目は騙されないぞ」
ハインリッヒ王子が言う。その言葉に僕はヒヤリとする。オルフェス先生は冷静を保ちながら、平然として言う。
「恐れながら、奇術ではないので種あかしの種はございません。彼の力は本物でございます。また、彼には別の特殊能力があり、今回はこのご相談に来ております。こちらが、火の魔道具と申しまして、ダンジョンから偶に見つかるものでございます。
この火の魔道具は本来、真ん中に魔石を乗せることで火が点きランプの代わりになるものでございますが、壊れて捨てられておりました。彼はそれを修復し、それ以上の魔道具と仕立てました。お見せいたします」
オルフェス先生は、どこから取り出したのか、僕が修復した火の魔道具を前に置き、馬蹄形の五徳を置き、その上に鍋を置いた。オルフェス先生が小声で囁く。
「王子、鍋に水を入れてください」
「ウォーター」
僕はそう呟き、ウォーターの魔法で水をいれる。
「恐れながら、屑魔石をこの棒で魔道具の中心まで押し出します」
その操作で、鍋の下から火が出て鍋の水を温める。見る間に水が沸騰する。それを見届けて、オルフェス先生は屑魔石を魔道具の外に掻きだすと火が消えた。
「この魔道具は、瞬時に火を熾し煮炊きを行うことができます。これを学院で製作して、レバークレーゼン商会で売り出す予定でおります。これを売り出せばこの国では誰もが簡単に場所を選ばず、どこでも煮炊きをすることが出来るようになります。
また、使うのは屑魔石です。捨てていた屑魔石の価値が上がるはずです。道具と燃料である魔石の販売から莫大な利益を生むことになります。その道具の販売利益の半分をハインリッヒ王子に差し上げ、我々の商売の庇護をお願いしたいのです。
他には、こちらのポーションが最高品質ポーションになります。彼はこれも作りました。このポーションはハインリッヒ王子への贈り物になります。お供の方に鑑定していただければその凄さが分かると思います。
しかし、残念ながら彼はこの国の言葉が分からず、私が使える古の国の言葉しかわかりません。そのため、私以外は彼と意思疎通することができず、私が経営する魔法学院で保護するしかありません」
と、オルフェス先生は一気に話した。
ハインリッヒ王子は考えた風で、少し間をおいて話す。
「なるほど、奇術でさほど金はとれないか。それで煮炊きの魔道具の販売をして、料金の半額を私に出すが、屑魔石の儲けは全部もらうというわけだなぁ。
そのポーションは、その魔道具ができるまでのつなぎのお金か。
また、それを作ることができる奇術を使うその者はこの国の言葉が分からないから、その方しか有効に使えないか?
考えたなぁ。でも、面白い。
面白いぞ。
分かった。いずれにしろ、余が庇護しなくても、誰かの傘下になる予定なのだなぁ。
あー、分かった。私の名の元で商売をするがいい。但し、それなりの見返りと誠意はみせるのだ。良いな」
ハインリッヒ王子は何か分かったような顔をして言った。
「恐れながら、ありがたきお言葉でございます。殿下のお言葉に負けないよう魔道具製作に尽力します」
オルフェス先生が答えると、
「ところで、屑魔石は予の集めたものも高く買うてくれるか?」
ハインリッヒ王子はにやりと悪い顔をした。
「恐れながら、当然でございます。しかし、当学院は資金が当初はありませんので、魔石の買取に関しては少し、お時間をいただきとうございます。その代わりと言っては何ですが、その者が見せた灯りの魔法を魔道具としたものも販売予定です。そちらの方の利益で十分、屑魔石の販売利益は回収できると思われます」
「なるほどなぁ。充分利益は与えるから、あまり、お前の商売に口をだすなというわけか、面白い。
余はこの国の王になるが、それだけで収まるつもりはない。そして、それを邪魔するものは許さない。罰する力が必要だ。そのためには金がいる。その方は余を喜ばすよう励め」
ハインリッヒ王子は席を立つと、広間から出ていく。
「ははぁ、誠心誠意励みます」
オルフェス先生は王子に聞こえるように答えた。ハインリッヒ王子が広間から出ていくと、隣にいた人物が近づいてきた。
「上手くいったようですね。王子は気に入られたようです。但し、くれぐれも二心無きようお願いします。裏切りは死をもって償うと肝に銘じてください」
「分かりました。ご尽力ありがとうございました。こちらが、王子にお渡し願う最高品質ポーションです。それと、こちらが、高品質ポーションになります。こちらは貴方様へのお土産となります。お納めください」
オルフェス先生の言葉を待っていたかのように、両ポーションをひったくるように受け取ると、彼も広間から出て行った。
結局、僕は一言も喋らずに済んだ。オルフェス先生の通訳作戦は、使わずに終わった。
「ふー」
オルフェス先生は大きく息を吐いて立ち上がると、
「王子、済みました。帰りましょう」
僕らも広間から出ていく。
ガラーンとした広間に魔素の乱れはなかった。




