第41話 勝負する?
アンナさんと僕は食事が終わると僕の生活している離れに、アンナさんを先頭に移動している。
準備の時間が必要との事でしばらく食堂で待っていると、アンナさんは何故か、古めかしい黒いマントをまとい、銀色の髪を後ろで束ね、眼鏡をかけて登場した。古めかしい魔術師の恰好である。
「行くわよ」
『何処に?』
なんて言える雰囲気でも無く、離れに向かっているのだ。
歩きながら、
「私は学院始まって以来の天才と呼ばれているの。1歳で歩き出し、2歳で言葉を覚えて、5歳から魔法が使えた、お父さんもお母さんも私の将来に期待しているの。そんな私が魔法であなたに負ける訳にはいかないのよ」
と、話しかけられる。
『負けても、勝ってもどうでも良いんじゃないか』
と僕に答えられる訳が無い。
「聞けば、あなたはこの世界で数日しか魔法を使った事が無い初心者。私は10年以上も魔法を嗜んだ熟練の魔女。わかると思うけど、私の勝ちに決まっている」
と、言われる。
やはり、答えてはいけない気がした。そう考え、歩いていると離れの玄関まで来た。
離れの玄関の前で彼女が突然振り向いて話し出す。
「じゃ、問題よ。すごく簡単な問題。魔法の基礎を作った人は誰?」
アンナさんは得意気な顔で続けた。
「魔法界の母とも呼ばれている、私の尊敬する人よ。簡単でしょ」
「マチルダさんですか?」
彼女は首を振る。
「オルフェス先生ですか?」
さらに、彼女は首を振る。
「まさかとは思うけど、ソフィアさん?」
僕が聞き返すと、
「ギャハハ、あなた本気で言ってるの?カタリナじゃ無い。カタリナ・フォン・グリムよ。覚えときなさい」
満面の得意顔である。
『カタリナ……母さんの名前だ』
思わず声が出そうになるのを飲み込む。
「じゃあねー、カタリナが使う伝説魔法はナニ?」
「わかりません」
僕は即答した。
「本当にダメね。レイズの魔法じゃ無い。伝説の蘇生魔法。今じゃ、私以外に誰も使えないの。私以外にね」
「凄い、蘇生魔法を使えるんですか? さすが、治癒魔法の天才ですね。じゃ、レイズを見せてもらうことは出来ませんか?」
この言葉は彼女の自尊心を満足させたようだ。
彼女の顔が笑顔になった。
「……今日は、その、生き物を殺すわけにはいかないでしょう。だから、ヒールで特別にあなたに見せてあげる」
と言って、そのあたりをウロウロして、芋虫を捕ってきた。左の親指と人差し指で摘んで僕に見せる。
「この虫、気持ち悪いのよね。でもね、よく見てて、この足をナイフで切って、つなぐから。動くな。あわわ、うまく切れない。えい、わー、かなり深く切れてしまった。動くな、気持ち悪い。この切れてしまった足を修復するわよ。よく見てなさいよ」
足を切ったというよりは、芋虫が足の上からざっくり切られて、胴体から緑色の液体が出ている。
彼女は、呪文を唱える。
「天地の理に沿って、私は彼のものの修復を行う、ヒール」
芋虫が淡く光った。傷口が幾分、ヒールの効果か、改善されているようにも見える。もう何回かやれば効果が出てくるのかもしれない。
「天地の理に沿って、私は彼のものの修復を行う、ヒール」
「天地の理に沿って、私は彼のものの修復を行う、ヒール」
「天地の理に沿って、私は彼のものの修復を行う、ヒール」
……
「……」
段々、呪文の声が小さくなっていく。芋虫も光らなくなり、傷口から出ている緑の液体がかたまりかけて、傷口も少し、塞がってきているようだ。
呪文を唱える声が小さくなったアンナさんを見ると、唇が震え、顔が蒼くなってきている。魔力の枯渇が近いと思われる。
「大丈夫ですか、気分、悪くないですか?」
と、尋ねても声にならないようだ。かなり、危ない。この前作った高品質ポーションの残りを取り出し、無理やり渡す。
「これ、騙されたと思って飲んで下さい。きっと気分が良くなります」
その言葉を信じたのか、それとも考える力もなくなったのか、アンナさんはポーションを飲んだ。
「ぷはー、何なのこれ。気分が悪いのが治った。お母さんが作ったポーションって、凄い効果ね。でもね、ヒールの効果はこんなんじゃない。この気持ちの悪い虫を見てるから力が出せないのよ。あー、なんて気持ちの悪い虫なのかしら」
彼女は芋虫をそのまま近くの草むらに放り投げた。
「可哀想ですよ」
と僕が言うと、アンナさんは答える。
「良いのよ。大事な野菜を食べるいけない虫なんだから」
そう言いながら、アンナさんは投げた方をちらりと見た。
「そうなんでしょうけど、やっぱり可哀想です」
投げ捨てられた草むらで芋虫を探す。動けず丸まった状態の芋虫がいた。
「ヒール」
芋虫が輝き、傷が塞がり、足が生え、完全に回復した。しかし、その後も回復というより成長を遂げていき、やがて、蛹になり羽化して、大きな蝶となって僕の周りを飛び回るようになった。何かがおかしいと思っていたら、それ以上にアンナさんが反応した。
「何をやった。私に何か変な薬を飲ませたんだろう。死にそうな芋虫が急に蝶になってヒラヒラ飛んでるなんて。
コレはきっと幻覚だな。さっきの飲み物のせいか、こんな幻覚を見せて。私の才能に嫉妬して、よからぬ事を企んでいるのだな。
なんで、そんなに物欲しげな目で見るのだ。私の才能を妬んで、私の体を弄び、慰み者にするつもりだな。
分かった、最初から、私を見る目が違っていたのはそういう訳か。
怖いぞ、もう、ダメだ。耐えられない、ここにいては貞操の危機だ。
帰る、帰るぞー。あー、あー、わーン」
アンナさんが泣き出した。泣きながら、
「許さないからな」
と、捨て台詞を言って、走って家に帰って行った。
取り残された僕の周りをさっきの蝶が舞っていて、疲れたのか、肩に羽をやすめてとまり、アンナさんの方を見ているようだった。
「困った」
と僕が呟くと、笑うかのように蝶は肩の上で羽をバタバタさせ、やがて飛び立って行った。




