第33話 やればやるほど
「オルフェス先生、ラインハルトです。いらっしゃいますか?」
校長室の扉をたたく。
「おりますよ。入ってください」
「失礼します」
隠れるように校長室に入る。息せききって、先ほどの授業の様子を話す。オルフェス先生が答える。
「大変でしたね。ご苦労様です。四学年からクリーンの魔法の練習をするのですが、六学年になっても出来ない人が多いのです。四学年の新学期で出来る生徒が出てくるのは稀です。今回のクラスには魔力を持っている学生は五名もいませんが、ジェミーはその中の一人になります。この国では貴重な魔術師になれる人材です。
ただ、王子はやりすぎです。誰もが魔法が使えると思ってしまうかもしれません。
鑑定の力があるのでお分かりかと思いますが、魔力を持たない学生もおり、その者は魔法を使うことなく卒業します。それでも、魔力以外の学問で王宮とか商業ギルドで活躍する魔法好きの人達もいるのです。この世界で文字が読み書き出来、また、計算が出来る人もそう多く無いのです。
彼らは彼らなりの獲得した技術を使おうとしているのです。そこに学院の意義があると思っております。お分かりいただけましたか? まぁ、納得いただけないところもおありかもしれませんが、それで学院は成り立っております。
ところで、お腹がすきませんか?ともかく、お昼を食べにいきましょう。昼の時間となりました」
と、学内食堂に誘われる。
食堂は職員室の隣にあった。学生も多い。
「食堂は教師も生徒も同じように使えます。前に並んでいる生徒が渡している券があるでしょう。券をあの窓口で購入します。分かりますか?」
「メニューは決められていて、パンとスープ、メインディッシュを取って、ナイフ、フォークを取ります。偶に甘いものが付く時がありますが、いつもこんなものです。今回は、私が二枚券を購入するので、ラインハルトさんは支払いを気にせず、トレイの上にそれぞれとってください。さあ、食べましょう。あそこが良さそうです」
窓際のテーブルに陣取る。オルフェス先生といるせいか、視線が気になってしょうがない。食べ始めようとすると、
「いた、いた、いた、いた」
マチルダさんがソフィアさんを伴い同じ席に着いた。マチルダさんは相変わらず艶々輝いている。
「お父さん」
「なんだい?ソフィア」
「お母さん、おかしくない?」
「何が?」
「見てわかんないの?色々おかしいじゃない。朝と全然違う。私の姉と言っても良いくらい若返った感じがする。ラインハルトさんのクリーンの魔法の影響って言うけど、本当にそう、何か、変な薬飲ませたんじゃないの?」
「私は何もしてないさ。お母さんが言った通り、ラインハルトさんのクリーンの魔法のせいだよ」
「でも、そんなに効力のある魔法なんてあった?あったら、伝説級じゃない」
「多分、それが実現されていると思う。私もマチルダを最初に見た時は目を疑ったからな。ラインハルトさんの魔法は我々が考えている魔法のレベルではない」
「じゃ、ラインハルトさん、見せてもらえる?私に分かる方法でよ。信じられないから見てみたいの」
「困ったな。マチルダなんか喋ってくれ」
オルフェス先生がマチルダさんに救いを求める。しかし、返ってきたのは火に油を注ぐような言葉だった。
「本当よ。ラインハルトさんの使うクリーンには身体を癒す効果もあるのよ、きっとね、確信は無いけど。ラインハルトさん、ソフィーにクリーンの魔法かけてくれるかしら。それが一番わかりやすいわ」
「えっ、でも、今までの話だと何が起こるか分からないレベルって事ですよね。それに、こんなに人がいる場所でいいんですか?というか、僕が気にします。注目されてしまいますよ」
僕は困惑気味に答える。
「でも、ソフィアは気にしないし、納得もしないわ」
「納得しないも何も……」
僕は返事につまるが、三人の目が痛い。やるしか無いのか。追い詰められていく。
「分かりました。では、今からやります。良いですか?クリーン」
前の詠唱を省略し、イメージはそのままにソフィアさんにクリーンをかけた。ソフィアさんが光に包まれる。その光は食堂にいた人達の注目を集めた。やがて、光が止むと、ソフィアさんが立ち上がって言った。
「待って、待って、詠唱があるんじゃないの?心の準備も何も出来ていないのに。あっ、でも、何も変わって無いじゃない。ほら、服も、えっ、髪も、えっ。なんかおかしい。お母さん、私おかしい、さっきまで生徒を教えていたときにあった腕の傷とか無くなっている。えっ、まさか、あっ、子供の頃からあった額の傷もない。これは私じゃない。私じゃない……」
混乱の魔法は使っていないのにソフィアさんが自分の顔を触りながら混乱している。
「私じゃない……」
泣き出したソフィアさんはどこかに駆け出した。以前もみたことがある場面かもしれない。親子はどこかで似るのだ。
呆然としている僕をよそに、マチルダさんから、
「研究棟の一階、入口すぐ横の研究室が私の部屋だから。昼ご飯を食べたらきてね。ポーションの研究をやるわよ。あと、重要なことだから言っておきますが、ソフィアを傷つけた責任とってくださいね、王子様」
僕は王子様のフレーズで我にかえる。
「どういうことでしょうか?僕はソフィアさんを傷つけた覚えがありません」
「でも、娘はいたく混乱して泣き叫んでいました。いつも冷静な娘にとって、これは今までないことなのです。ここまで娘を混乱させた責任は取っていただくほかないと思いますけど。フフフ。結婚してなかったら、私も責任取っていただく必要があります。そう思うでしょう、あなた」
と、急にマチルダさんはオルフェス先生に話しかける。
オルフェス先生は、
「えっ、あっ、そう、そうだなぁ。王子様に責任は感じていただかないとなぁ。王子、その責任のついでと言ってはなんですが、明日から、授業を受け持っていただけないでしょうか?科目は後で考えるとして、この逸材を使わないわけにはまいりませんね。どうだ、マチルダ?」
「そうですね。確かにそれはいい考えだわ。婿ではなく、最初は従業員として家族で迎え入れることにしましょう」
と、オルフェス先生夫婦はニマニマしながら、僕にかまわず僕の就職先を決めてしまった。
「ちょ、ちょっと待ってください。僕は魔法の勉強をするために学院に来たのであって、あくまでも学ぶ立場で、教える立場ではありません。本末転倒です。それに教師の資格も持っておりません」
「いや、校長の私が良いといえば良いので、教師の資格は必要ありません。学びから得ることより教えることで得るものが多いのです。必要であれば、図書室で勉強すればいいのです」
「なんか、強引すぎませんか?」
オルフェス先生は僕にかまわず、続ける。
「そうですね。就業条件としては食事がついて、月に2万Gでいかがでしょうか?離れはそのまま使用していただいて結構ですので、寮費の1000Gを引いて、1万9000Gのお給料で手を打ちましょう。契約書は後で用意しますので、帰ってからサインをお願いします。うん、最高の契約だ。お互いに満足な結果ですね」
オルフェス先生は一人で話を完結させてしまう。言っても何も聞いてくれなさそうなので、この話の流れに流されるのも良いのかもしれないと僕も考え始めた。何も伝手がない世界ではこういうことが無いと生きることも出来ないのだ。そう思いながら冷えた昼ご飯を食べ始める。でも、オルフェス家族の様子が気になるのか、チラチラとした視線が絶えない。オルフェス先生に断ってトレイを持って席を立ち、歩き始めようとしたら、いきなり囲まれた。
「魔法凄いですね」
「魔法教えて下さい」
「どっから来たのですか」
「どうしたらあの力を身につけることが出来ますか」
「マチルダ先生、若返ってましたよね」
「触らせて下さい」
「なんか下さい」
「えーっと」
「意外とカッコイイ」
かけられてる言葉がしだいに音波になるような感覚になり、思わず立ち止まる。それを見てオルフェス先生が立ち上がる。
「皆さん、ラインハルトさんは明日から初歩魔法の授業をされます。質問はその時にお願いします。きっとあなた達に満足いく授業をされると思います。ですので、楽しみは明日に取っておきましょう。さあ、次の授業の準備をお願いします」
生徒が一人、二人と囲みから離れていく。あらかたいなくなった所で、声をかけられる。
「ラインハルトさん、行きましょう。あなたには特別授業という事で週一回の授業を受け持ってもらいます。そうじゃないと身がもたないでしょう。マチルダ、ラインハルトさんを頼みます。私はもう少しラインハルトさんを活かせる授業を考えてみます」
「分かったわ、王子、行きましょう」
マチルダさんに連れられて食堂を出た。ちょっとしたアイドルになった気分だ。
大変なんだなぁ、アイドルって。




