第32話 やらかした
僕はマチルダ先生に連れられて職員室に入る。その奥には部屋があり、そこは校長室のようだ。マチルダ先生がノックする。
「どうぞ」
オルフェス先生の声がした。
「入るわよ」
と、マチルダ先生が声をかけて、いっしょに校長室へ。
「どうした、マチル……ダ。というか、あなたは誰ですか?」
オルフェス先生は机の書類から目を離して、こちらを見た瞬間、驚きの表情である。
「私はマチルダで、それ以上でも、それ以下でもありません」
混乱気味にオルフェス先生が言う。
「でも、私の知ってるマチルダではないような。マチルダはもう少し、年をとっていて、少し皺があって、その少し野暮な恰好をした教師です。でも、娘のような肌、金色の髪、綺麗なパリッとした服を着ているあなたはどうしてもマチルダに見えません。強いて言うなら娘の頃のマチルダに似ている。う、うん、そう言えば、そうか、マチルダなのか?」
「そうです。マチルダです」
「若返り魔法を開発したのか?」
「いいえ、違います。これは、ラインハルトさんのクリーンの魔法の効果です。それを私にかけた結果、こういう状況になっているの。私も鏡を見てびっくりしています。それに、妙に体が軽いの。
どうも、ラインハルトさんのクリーンの魔法は従来の魔法と違って、治癒の魔法が組み合わさっていると思える。そのため、私の体は少しだけ若返り、服は蘇り、すべてが新しくなっている気がしている。今は、その興奮がおさまらず、とても授業が出来そうにない。これからの授業を自習とさせてもらっていいかしら?そのお願いにきたの」
「うん、いや、でも、困ったなあ」
オルフェス先生が困っている。
「クリーンの呪文だけなら、ラインハルトさんが教えられるんじゃないかしら。例えばだけど、午前中だけ、ラインハルトさんに代わってもらうのはどうかしら」
とマチルダ先生が言う。
「えっ、マチルダ先生、無理ですよ。僕なんかに出来る訳無いじゃないですか?二日前にこの世界に来たばかりですよ。困りますよ。教えてもらいに来ているんですから」
と僕が言っても頓着せずに、マチルダ先生は答える。
「大丈夫よ。午後には私も落ち着くと思うし、ポーションも作らないといけないから」
「そんなー」
僕の悲鳴にも似た返答に、
「という訳だ。ラインハルトさん、いや、王子、ここはお願いします」
とオルフェス先生がマチルダ先生の言葉に被せてくる。
「じゃ、早速」
と言って、マチルダ先生は僕の手を引いて行く。後ろから
「よろしくお願いします」
とオルフェス先生の声がかかった。
「……と言う訳で、残りの時間はこのラインハルトさんが、臨時教師となります。優しい先生ですが、難しいこと言っていじめてはいけませんよ。彼の魔法が貴方がたにお仕置きを与えるかもしれません」
と、マチルダ先生は言うだけ言って教室を去った。残されたのは僕と僕を見つめる生徒達である。ともかく、クリーンの呪文の勉強を続けないといけない。なので、僕の分かる範囲で呪文に関しての説明をしてみようと思った。
「ラインハルトです。学ぶ立場からいきなり教える立場になり、私の考えている事が充分に伝えられるか不安ですが、よろしくお願いします。
さっきから授業を見ていた感想ですが、呪文を記憶することも大事ですが、皆さんが魔力を放出することに苦労しているように見えました。まず、これが出来ないと魔法は使えないと思います。
私は、お腹にある魔力を体から放出し、その魔力を様々なものに変化させる事が魔法だと思っています。なので、クリーンの呪文を覚えるのも大事かと思いますが、呪文を唱えるのと同時に魔力を放出するという動作も併せて考えて下さい。こんな風にです」
と言って、呪文を唱える。
「天地の理に沿って、私はこのエリアの浄化を行う、クリーン」
緑の淡い光が教室を包む。数秒経って光が止むと教室の中にざわめきが広がる。
教室の机、椅子、壁、生徒達の服や生徒達の体まで、浄化がかかっている。
「なんだ、これは」
「これが魔法なのだ」
「凄い、すごすぎる」
「なんか、体から汚れが落ちていく気がする」
「服から良い匂いがするようだ」
「どうしたらコレが出来るの?」
「私も出来るの?」
「コレは奇跡?」
「騙されている?」
教室は色んな言葉で混乱していた。
僕は、その混乱を鎮めるように話した。
「静かにしてください。私のクリーンの魔法は上手く発動しました。また、魔法の効力を自身で体験されたと思いますが、私の魔力は感じられたでしょうか?コレは、魔力だけで実現したものではありません。この世界の魔素と魔力を組み合わせて実行したものなのです。ですので、魔力が放出出来るようになったら、次に魔素と組み合わせて使えるようになると、もっと色々な事が出来ると思います。一緒に頑張りましょう」
僕は、黒板にクリーンの呪文を書く。
〝天地の理に沿って、私は彼のものの浄化を行う、クリーン〟
「さあ、呪文を繰り返します」
ざわざわが少しずつなくなって、
「やってみよう」
の誰かの声が続き、やがてざわめきが呪文の響きになった。生徒達の懸命な顔とクリーンの呪文のフレーズが繰り返されていく。どれくらいたったのだろうか、まだ、誰ひとりとして成功するものがいない。
鑑定を使ってみると、近くの生徒にお腹の位置から光が漏れてきているのが分かる。手を差し伸べたら、魔力の放出を手伝えるような気がする。ただ、気を付けないといけないのは、見ると彼女の魔力は7程度しかない。これを一挙に放出したらいきなり魔力枯渇で気分が悪くなる。
『はじめての魔法』では、魔法陣で放出する量を5と制限していた。ただ彼女の魔力は7しかない。念のため、それより少ない3で彼女から魔力を吸い出してみよう。
「ちょっといいですか?」
彼女に声をかける。
「お名前は?」
「ジェミー」
「ちょっと手伝ってみてもいいですか?」
「えー、いいのですか?」
「はい、クリーンの呪文で黒板の文字を消してみましょう。いいですか?次のような気持ちで詠唱してみてください。『天地の理に沿って』は、ゆっくり自分を落ち着かせるように、見えない魔素を自分が放出する魔力で覆うことを考えながら、『私は黒板の文字の浄化を行う』で、黒板を拭いて綺麗にするイメージを作って、『クリーン』で右手を前にだします。その掌からお腹にある魔力を出すことを意識してください。その魔力に、綺麗にするイメージを載せます。その時、私がちょっとあなたに触れ、サポートしますが、驚かず、魔力の流れを感じてください。集中して、いいですか?やってみましょう」
彼女が唱える。
「天地の理に沿って、私は黒板の文字の浄化を行う、クリーン」
真剣に彼女が右手を力強く前に突きだした。その掌に僕の掌を重ねて、魔力を3消費するくらいで吸い上げる。彼女の魔力が僕の手に入ろうとしてきた。とっさに僕は掌を彼女の手から離すと、その魔力は黒板に軽くぶつかる。淡い光がくだけて、黒板の〝天地の理に沿って〟の文字が消え、一部分が綺麗な黒板が出来あがった。
「上手くいきました。この要領を忘れないようにしてください。それと注意点ですが、今は魔力量が少ないので、クリーンの対象を大きなものにすることが出来ません。上手くいったとしても魔力が枯渇してしまい、気分が悪くなるか、気を失うか、最悪は死を覚悟しなければなりません。
ジェミー、あなたの場合は同じことが残り一回は出来そうですが、それ以上使用すると危険が伴うことを覚えておいてください」
興奮で火照った頬になったジェミーに話しかけるが、僕の言葉は素通りしていた。
「出来た。出来た。出来た。わーい、出来た。出来た」
放心状態でうわ言を言っているようだ。
「ジェミー、落ち着いてください。落ち着いて。しっかり聞いてください」
少し、危うさを感じてしまう。ひとりはしゃいでいるジェミーを無視して、周りの生徒を見回すと一斉に僕の方を見つめている。何か禁忌を犯してしまったのかもしれない。生徒の目が怖い。
「今日はジェミーさんが魔法を使いました。まだ、補助が必要です。明日は出来ないことも考えられます。ただ、繰り返していけば補助なしでも発動するようになると思います。そのためには努力が必要です。皆さん、一緒に頑張りましょう。詠唱と魔力の放出の練習を続けましょう」
その後、鐘が鳴り、僕は解放され、一目散に職員室のオルフェス先生に会いに行った。生徒に追いかけられる気がして怖かった。




