第2話 暴走
僕はある決断をした。
このレンタカーは僕の部署で開発している車で、近々、その制御ソフトウェアはバージョンアップされる予定である。実は新機能のテスト走行と自身のドライブを兼ねて、おまけに彼女に数年かけて開発した機能を自慢するつもりでこの車を借りたのだ。新機能は、あらかた開発完了しており、ブラッシュアップだけが残るファイナルβとなっている。僕はUSBメモリを取り出し、ナビパネルの下のUSBポートに挿入した。
ナビパネルの四隅を同時にタッチし、特別な開発画面を表示させ、メモリから新プログラムをロードし、ファームウェアアップデートを行う。開発時と同様に問題なくアップデートが完了し、僕が開発している新機能画面が表示された。
新画面のStartボタンにタッチする。
車の前後からジャッキのようなアームが出て車を支えると、車輪が折りたたまれ、車輪が地面と水平になる。同時に、車輪が回転しだした。
Upボタンにタッチする。
少しずつ、車が浮き始め、車を支えていたアームが回収される。設定通り、高度3m程度でホバリングする。
そう、このレンタカーの車種は、車輪を垂直方向から水平方向に倒し、回転させることにより浮力を発生させ、ドローンの原理で空飛ぶ車になるのだ。あとはナビに入れた目的地へ自動運転だ。上手く動作している。彼女の驚く顔を想像して、思わず頬が緩む。
信号は守ろう。青になったら、ナビ通りに進めばいい。少しだけ?他の車から注目を浴びて、颯爽と。ニヘラと思わず口元が緩む。
信号が青に変わった。
Goボタンにタッチする。車がゆっくり前進し始めた。
アクセルを踏み込む。ぐん、と加速する。
すべては予定通り。
順調にいくはずだった。
「目的地が見つかりません」
ナビが繰り返す。
「目的地が見つかりません」
「なんだ、なんだ、なんだ?順調に進んでいるじゃないか?」
「目的地が見つかりません」
ナビが繰り返す。
繰り返しの間隔が短くなってくる。
ちゃんと目的地は入れているはずだ。ナビで確認しても、ルートが確定している青い線が表示されている。
「何が問題なのだ」
もう一度、目的地を音声入力。
「目的地は三河三条駅」
「了解しました」
ナビが静かになった。
「目的地まで30000km。急ぎます。アクセルON。フルスピード発車」
「えっ、えっ、えっ、3万キロ?そこだよ、そこ、そこ、遠くに見えてるじゃん。間違ってるよ、ス、ストップ。止まれ!」
ブレーキを踏むが、オートパイロットモードだ。オートパイロット解除スイッチを探す。
「ない、無い、無い」
そうか?最新型じゃないとオートパイロットの解除のハードスイッチがついてなかったんだっけ?
「やばい、やばい、やばい」
暴走している。周りの風景が激しく流れる。車は急上昇し、晴れた空に浮かぶ唯一の雲に突っ込んでいく。
「なんだ、なんだ、なんだ」
ひー、旅客機が間近に見える。この距離だとまだ安全装置が働かない。ぶつかるのか?と思う間に旅客機はみるみる彼方へ。
さすがに車じゃ、旅客機にはかなわないか?
と、今度は背後から、もの凄い速さで別の飛行機が近づいてくる。
後方からの追突に関しての安全装置は用意されてない。
「まずい、まずい、まずい」
思わず大きくハンドルを切ろうとするが、オートパイロットモードではハンドル操作は出来ず、固くロックされたまま。
旅客機は次第に大きくなってきた。
「死ぬのかなぁ」
短い人生だったけど、部長への報告、嫌だな。きっと会社くびだなぁ。彼女は悲しむだろうなぁ。親父は元気でやっているかなぁ。先立つ息子をお許しください。なんだろうなぁ、不憫な人生だなぁ。でも、あー、お腹すいたなぁ。朝ごはんだけでも食べたらよかったなぁ。些末な事が駆け巡る。
なんとなく、死ぬのだろうなと思っていたら、残り数百mで旅客機が奇跡的に回避した。
あー、助かりそう。なんとかなるか?漠然と考えていたら飛行機の乱気流に巻き込まれて木の葉の様に舞う。やっぱり、ダメじゃん。だから言ったんだ、ソフトでのオートパイロット停止も必要だよ。あのハード信者の上司を恨む。
制御不能となった車の中で僕は意識を手放した。




