第三話 新入生、初日から目立ちたくない
よろしくお願いします。
「――うわあ……」
馬車の窓から見えてきた白亜の建物群に、リゼルは思わず声を漏らした。カレンディア王立学園。大陸中の貴族子弟や、才能ある平民の子が集められる、この国最高峰の教育機関だ。
(千年前、この地には何もなかったはずだが)
時の流れというのは、こうも景色を変えるものかと、リゼルは妙な感慨に浸っていた。かつて自分が焼き払った戦場の跡地に、今は塔と噴水を備えた学び舎が建っている。皮肉なものだ。
「田舎から来た特待生殿は、そうやって毎回口を開けて驚くのか?」
不意に、隣に降りてきた馬車から声がかかった。振り返ると、燃えるような赤髪の少年が、腕を組んでこちらを見下ろしていた。歳の頃は同じくらいだろう。剣士特有の、隙のない体幹をしている。
「……何者だ、貴様」
「貴様、って。俺はカイン・ラファエロ。今年の首席候補だ」
カインは片眉を上げ、値踏みするようにリゼルを見た。
「辺境の村から、規格外の魔力反応とやらで特待生に選ばれたと聞いたが……お前みたいな小さいのが? どうせ計測ミスだろう」
(初対面から喧嘩を売ってくるとは、威勢のいい小僧だ)
リゼルは内心で苦笑した。千年前の記憶にある「勇者」の血筋は、代々こういう気性の荒さを受け継いでいるらしい。もっとも、目の前の少年がその末裔だとは、当人はもちろんリゼル自身もまだ気づいていなかった。
「実力を疑うなら、後で確かめればよい」
「ほう、言うじゃないか」
カインの目に、闘志の色が浮かぶ。だが、リゼルにそれを深追いする気はなかった。目立つのは避けたい。ただでさえ影狼の一件で王家の目に留まってしまったのだ。これ以上の騒動は御免だった。
⸻
入学初日、生徒たちは適性検査という名の実技試験を受けることになっていた。魔力量、制御力、身体能力を測る、いわば新入生のクラス分け試験だ。
「では、次。リゼル・ヴィンクランツ」
試験官の声に、リゼルは静かに前へ出た。目の前には、魔力測定用の巨大な水晶——通称「計測石」が据えられている。生徒たちの魔力を注ぎ込むと、その量と質に応じて輝きの色と強さが変わる仕掛けだ。
(手加減が肝要だな)
リゼルは細心の注意を払い、普段訓練している程度の——つまり、村の子供にしては優秀という程度の魔力だけを、計測石に流し込んだ。
パキン。
甲高い音と共に、計測石に亀裂が走った。
「……は?」
試験官が絶句する。周囲の生徒たちからも、どよめきが上がった。
「な、抑えた、つもりだったのだが……」
リゼルは冷や汗をかいていた。千年分の魔力の器に対して、「手加減」の基準が根本的にずれていたのだ。周囲の視線が、一斉に自分に集まっているのを感じる。
「……おい、嘘だろ」
カインが、呆然とした顔でこちらを見ていた。先ほどまでの挑発的な態度が消え、代わりに浮かんでいたのは、純粋な驚愕だった。
(またやってしまった)
リゼルは、深く長いため息をついた。目立たぬように生きるというのは、思っていた以上に難易度の高い課題らしい。
よろしくお願いします




