第一話 村娘、正体を偽ることに失敗する
最初に言っておきます。この作品は最近作成しているため、投稿頻度は悪いです。すいません。
十二年後。
「リゼルー! また土いじりしてるの!?」
畑の畝の間にしゃがみ込んでいたリゼルは、聞き覚えのある声に顔を上げた。栗色の髪を揺らしながら走ってくるのは、幼馴染のエマだ。
「土いじりではない。敵の間隔を計測していた」
「もー、その喋り方、いつになっても直らないね」
エマがくすくす笑う。リゼルは十二歳にしては妙に落ち着いた、というより古めかしい話し方をする。村の年寄りたちからは「まるで昔の偉い人みたいだ」とよく言われるが、本人にはその理由に心当たりがまったくない――わけではなかった。
(前世の癖が抜けん。困ったものだ)
リゼル・ヴィンクランツには、生まれたときから前世の記憶があった。
千年の長きにわたり大陸を統べた魔王、ヴェルグリムとしての記憶。無数の戦、無数の死、そして誰にも理解されなかった孤独な統治の記憶。
だが今世の自分は、辺境の農村に生まれた、ただの村娘だ。
——そのはずだった。
「ねえ、今日の夕方、川の向こうまで薬草採りに行かない? お母さんが咳止めの薬草切らしてて」
「構わない。日が落ちる前には戻るぞ」
「もー、『構わない』とか『戻るぞ』とか、女の子の喋り方じゃないよ、それ」
エマに肩を叩かれながら、リゼルは内心で小さくため息をついた。
千年、玉座の上で命令を下し続けた口調は、そう簡単には抜けない。むしろ、感情が昂ると余計に「王」の頃の癖が顔を出してしまう。
——それは、今日この後、最悪の形で露呈することになる。
⸻
夕暮れ前、二人は村の外れの川を越え、薬草の群生地へと足を運んでいた。この辺りは村人もあまり近づかない、森の入り口に近い場所だ。
「あ、あった! これだよ、咳止めに効く白ヨモギ」
エマが屈んで薬草を摘み始める。リゼルはその隣で周囲を見渡していた。
——妙だ。
森の奥から、獣特有の血の匂いと、それとは違う、もっと禍々しい気配が混ざって漂ってくる。魔物だ。それも、この辺境の森に出るには不釣り合いなほど強い個体。
「エマ、下がれ」
「え?」
リゼルの声色が、初めて村娘のものではなくなった。低く、静かで、有無を言わさぬ響き。
森の茂みが大きく揺れ、体長三メートルはあろうかという漆黒の狼——影狼が姿を現した。本来ならば、大陸中央の深い森でしか見られない上位種の魔物だ。こんな辺境の村の近くにいること自体が異常だった。
「ひっ……!」
エマが腰を抜かす。影狼はすでに臨戦態勢に入っており、赤い瞳がまっすぐエマを捉えていた。
(村の自警団では、束になっても手に負えぬ相手だ)
リゼルの中で、十二年間必死に押し込めてきた「何か」が、静かに疼いた。
——ここで見過ごせば、エマは死ぬ。村にも被害が及ぶだろう。
迷いは一瞬だった。
「――退け」
たった一言。だが、その声には尋常でない圧力が乗っていた。
影狼が動く前に、リゼルは地面を蹴っていた。人間の少女の脚力では到底出せるはずのない速度で間合いを詰め、伸ばした右手に、見る間に漆黒の魔力が渦を巻いて集束する。
「ぐるるるるっ……!?」
影狼が本能的な恐怖に後ずさりする。当然だ。目の前にいるのは、かつて自分たちの遠い祖先を統べていた「王」そのものの気配なのだから。
リゼルは容赦なく、圧縮した魔力の塊を影狼の眉間へ叩き込んだ。
爆音と共に閃光が走り、影狼の巨体が一瞬で消し飛ぶ。
森が、しんと静まり返った。
「………しまった」
我に返ったリゼルは、盛大に顔をしかめた。あまりに自然に体が動いてしまった。十二年間、極力目立たぬよう慎重に振る舞ってきたというのに。
「り、リゼル……? 今の、何……?」
腰を抜かしたまま、エマが呆然とこちらを見上げていた。その目には、恐怖よりも純粋な驚愕の色が強く浮かんでいる。
(さて、どう誤魔化すか)
千年の戦を生き延びた知略をもってしても、これは些か分の悪い状況だった。
よろしくお願いします。楽しく読んでいただけたら幸いです




